「おぼろさーん、台所用洗剤なくなっちゃった。買い置きってありますかー?」
「床下の収納見てみい、確かそこにしまっておいたはずや」

 どたばた、どたばたと、おぼろ研究所はいつにも増して騒がしい。
 台所からひょっこり顔を出した七海とおぼろとの受け答えをぼんやり聞きながら、吼太は居間ではたきをかけていた。
 今日は年末の大掃除。いつも何かと世話になっている研究所は、それぞれの自宅よりもよっぽど長い時間を過ごしている場所であった。最初はおぼろに言われてしぶしぶはじめたのだが、それでもやはり自分たちが多くを過ごす場所と言うこともあって、3忍も気づけば懸命に取り組んでいた。

 ひととおりのホコリを落とし、さて掃除機をかけるかと吼太がスイッチを入れようとした。が、そのとき。背後からギャー!という悲鳴と、けたたましい騒音が聞こえ、思わず音の発信源であろう書庫へと駆け寄る。書庫の担当は鷹介だった。普段ろくすっぽ使うこともないくせにとやっぱり文句を言いながら、それでも取り掛かっていた様子を思い出す。

「お前何やってるんだよ…」

 書庫を除いてみれば、どうやらバランスを崩したのか、転倒した脚立と鷹介。そして棚から落下したと思われるいくつかの書物の山。まるで白いもやのように舞い上がった様子から、どれだけの年季のホコリが蓄積されていたのかと考えると思わず身構える。明らかに体に悪そうだ。

「いでで…」
「空忍がスマートに着地もできんでどうすんねん」

 いつのまにやら吼太の後を追って来ていたおぼろも書庫を覗き込んんでいた。
 果たして脚立の高さからの落下の間に、空忍としての力量を求めるのもいかがかと苦笑しつつ、ホコリと散乱した書物にうずもれた鷹介を助け出す。

「大丈夫か?」
「お、おお…。一応受身は取ったけどな…」
「当たり前やないの。こんなんで忍がケガなんてしたら末代までの恥や!」

 あきれてため息をつくおぼろにさすがに返す言葉もないのか、鷹介はぐ、と押し黙る。
 それからやんや説教がはじまりそうだと言うタイミングで、ちょうど七海が顔を出してきた。

「おぼろさーん、やっぱり洗剤ないみたーい」
「あれ、おかしいなぁ。確かにたくさん買い込んだと思うとったんやけど…」

 それが最後やったんか、と言いながらあっさりと台所へ向かうおぼろに、鷹介とともに吼太も安堵のため息をつく。

「…あぶねー。さっき館長と同じ顔してたぜ」
「おぼろさん、サッパリしてる性格だけど、あれで案外ねちねち説教するもんな…。そういうとこほんと親子そっくりだよ」

 ふう。ともう一度息を吐き出し、改めて書庫の惨状を見下ろす。

 明かりをつけているにもかかわらず薄暗く、積もりに積もったホコリまみれのこの部屋は、なにやら秘伝の書のようなものでも隠されているような趣ではあるのだが、鷹介とともに落下した書物の山から一冊を手にとって見れば、「家庭の料理」と書かれているあたり、その期待も薄いかもしれない。そもそもどれだけの頻度で利用される部屋なのだろうか。

「ったく、こんなとこ俺ひとりに任せるなんてひでーよな、おぼろさんも! 本の上げ下ろしって地味に大変なんだぜ?いちいち脚立動かして上り下りしなきゃなんねーし。面倒だから動かさないで必死に体伸ばしてたら転ぶしよー」

 つまりはめんどくさがった結果がこれである。鷹介らしいなと思わず笑いそうになったのだが、むくれる鷹介をなだめるのが先だと思い、ホコリまみれの背中をはたいてやる。

「まぁまぁ、俺も居間が終わったら手伝ってやるよ。それまでがんばれ」
「マジで頼むぞ!なんか蛍光灯も切れかけてて薄気味悪いし」
「ほんとだ。やけに暗いと思ったけどこれ自体が原因だったのか」

 完全な寿命と言うわけではないのだが、見上げてみればときおりチカチカと点滅している蛍光灯。部屋自体は6畳程度とさほど広くはないものの、それにしてもただでさえ高さのある書棚が陳列し、影のできやすい部屋で、蛍光灯2本と言うのは心もとない。

「まぁ、とりあえず俺は居間の掃除終わらせてくるから。横着しないでちゃんとやってろよ」
「へいへーい」

 頼りない返事はさほど信用できなかったが、うるさく言ってしまえばまたヘソを曲げるだろうと、それ以上は追及せずに吼太は再び持ち場である居間に戻った。
 これから掃除機をかけて、板の間の拭き掃除だ。そういえばガラス拭きもまだだった。思ったより仕事は残っていた。鷹介にはああ言ったが、もしかしたら助太刀に行くのは難しいかもしれない。

 しかしはじまらなければ終わらないし、と覚悟を決めて掃除機をかけ始める。いつも幅を利かせているソファもいったん別の場所にうつし、普段よりも広々としているように思える。
 隅々まで掃除機をかけてからスイッチを切り、雑巾を取りに行こうと洗面所に向かうと、さきほどまでキッチンにいたはずの七海とおぼろの姿があった。

「あれ、どうしたんですか?」
「おお、吼太。床下収納になかったから、風呂用洗剤と一緒にしといたかもしれんと思って見てみたんやけど、やっぱり無いみたいでなぁ」
「ええー! じゃあ寒いのにこれから買い物ですかぁー!? なにかおばあちゃんの知恵袋、みたいなので油汚れが落ちる方法ないんですか?」
「誰がおばあちゃんやねん!」

 七海の失言に吼太はうろたえた。さきほどの鷹介のこともあって、吼太としてはあまりおぼろを挑発したくなかった気持ちもあり、仲裁がてらにふたりの間に割り込み、提案をする。
 
「じゃあ俺が買ってくるよ。ちょっと外の空気吸いたいと思ってたし」
「ほんとに? さすが吼太〜! ありがとねっ」

 そう言って七海にニッコリ笑われると、見慣れているはずの吼太でさえ少しばかり照れてしまう。自分でこうなのだから、とふと吼太はあの長身の美人面の男を思い出す。
 きっかけはどうあれ、彼が七海を意識しているのは歴然だった。しかし肝心の七海が気づいていないあたり、向こうがはっきりしない限り望みは薄いだろう。これまで3忍仲良しで過ごしてきた日々の変化は少しさびしくもあるが、ハプニングから生まれた恋の行方には興味もある。彼にがんばってもらいたいなぁと思うのは本心だ。

「じゃあ悪いけど、代わりに居間のガラス拭き頼むよ」
「オッケー、任せて!ピッカピカに磨いておくね!」





 山を下り、町に出る。年末のためか、普段からひいきにしている商店街には、いつもより人の出が多いように思えた。

「ついこないだクリスマスだったってのに…。もうすっかり年明けムードだなぁ」

 クリスマスツリーやキラキラした装飾がまぶしかった商店街は、お飾りやおせちの材料などの正月用品が立ち並び、もはやすっかり正月の準備の様相である。

 所望された台所用洗剤は、大掃除グッズのひとつとしてワゴンにまとめられて、首尾よく手に入れることができた。商店街はにぎやかだ。もう少し行けば大型スーパーもあるのだけれど、それぞれの専門店が軒を連ねる商店街をわざわざ歩くのが吼太は好きだった。最近ではスーパーの台頭で衰退していく商店代が多いと聞くが、幸いこの商店街はいまだに地元民で溢れ、にぎわっている。
 ついつい寄り道してあれこれ見て回りたくなったが、研究所の掃除はまだ終わりが見えない。やはりおとなしく帰ろうと踵を返しかけたとき、ふと電気屋が目に入った。そういえば。鷹介が手こずっていた書庫の蛍光灯がちらつく。先日居間の蛍光灯を交換したとき、買い置きがなくなったことを思い出し、そのまま足を踏み入れる。
 本当ならもっと大きな照明を取り付けたいところだが、あいにくそれだけの手持ちはない。しかし新しいものに買えれば気持ち程度には変わるかもしれない。鷹介の文句も減ってくれればいいのだけれど。



 電気屋を出ると、冷たい風が一陣。思わず身をすくめる。
 ここしばらくはジャカンジャの襲来はない。偶然か、それともひょっとして宇宙忍者にも正月を祝う風習でもあるのか?似たような文化を持つものならば、侵略などと言う物騒な方法ではなく、うまく共生するという考えには至らぬものか。歩み寄ることができれば、悲しい戦いも生まれないのに。

 だけれど大切なひとたちを傷つける彼らは、ジャカンジャは、やはり敵だ。抵抗するすべのない人たちに、否応なしに遅いかかるジャカンジャに、情けをかけることはできない。大切なひとたちを守るためにも、立ち向かわなくてはならないのだ。


 洗剤と蛍光灯の入った袋を握る手に力がこもる。ハリケンジャーに年末も年始も無い。これまでを思い返せば、いつまた侵略の手がのびてくるかはわからない。
 ハリケンジャーになりたてのころに比べて、少しは自分も成長した自信はある。しかし敵も手段を選ばず襲ってくるだろう。油断は禁物だ。

 決意を改め、吼太は帰路を急いだ。
(20061228)