仕事を終えおぼ研に来てみれば、まず真っ先に楽しげな笑い声が聞こえてきた。
「だろー、アッハハ、おかしーでやんの」
「アッハハ、バカだなもー」
鷹介と七海は七海は良く笑う。よくじゃれる。
まるでほほえましい光景だと、吼太は時には共に和の中に入り、時にはこうして客観的に眺めて思う。
それはまるできょうだいのようで…、
「…」
「わ! いつからいたんだよ一鍬!」
…スキンシップの多さが、いちいち気にさわるらしい様子の男が約1名。
しかしこれは眉間にシワ寄せて見る光景なのだろうか? まったく和やかなかぎりだと思うのだが。
何の用事でここに来たのかはわからないが、一鍬は大量の柿が詰まったダンボールを抱え、ソファを(正確にはソファに座る2人を)凝視し突っ立っている。
「…あのさぁ一鍬、顔が怖いって」
「鷹介…、年頃の娘にあのように気安く触れては…」
「いや、そんな気にすることないって絶対。あのふたりはきょうだいみたいなもんでさ…」
「兄弟!? 七海はれっきとした女だ!」
「うん、いや…いいよもう」
最近の一鍬はますますイきすぎている感がある。と思う。
ついてゆけないとばかりに呆れ気味でため息をついてしまった吼太だったが、一鍬は気にも留めずに、歯軋りでも始めそうな勢いだ。
鷹介と七海は何の話をしているのか、相変わらず楽しそうに笑っている。
特に短いスカートの七海が、足をバタバタさせながら大げさにするものだから、ちらちらとのぞく白い腿に、一鍬は気が気でないらしい。
「ああ、あんなに足を上げて…」
「どこ見てんだよ一鍬…」
ああもう見ていられないと一鍬が頭を抱えたときにはじめて、能天気な声がようやく彼の名を呼ぶ。
「あ、いっしゅう〜! 来てたんだ?」
「七海ッ!」
一鍬の七海を呼ぶときの語尾には、吼太はなぜか切迫したものを感じている。
たとえどんな状況であれ、全身全霊を捧げてといったような様子で。
一方七海はやたらハートマークが飛び交うような甘ったるい声で一鍬を呼ぶ。それによって一鍬をどれほどきりきりとさせているのか、きっと七海は知るよしもない。
そしてわかっているのだろうか、彼が今、鷹介を見る目がまるで牙をむいた獣のようであることに。…いやおそらく気付かないだろう。七海を見るときにはだらしないタレ目になるのだから。
「おー一鍬! あれ、今日何かあったっけ?」
「…別に」
「お、なんだよその言い方はー、」
「ねぇねぇ一鍬、今日はどうしたの?」
「ああ、実は柿がたくさん採れたからな…」
「露骨だよ!」
吼太の力の限りツッコミも、その場にいる他の誰にも届くことはなかった。
「だってよ鷹介」
「はーん、まぁゆっくりしていけやー、アハハ」
七海の興味もあっさりと失せたようで、再びゆったりとソファに背を預け、また鷹介と七海は一鍬に構わず談笑を始める。
「んでさぁ、そいつがさ、そのテンションのまま騒ぎ出すからもーおかしくてさ…」
「アハハハ、そんでそんで?」
「それからさー、」
七海のほうに柿のたくさん入ったダンボールを向けたまま、「食べないか?」と言おうと口の形を作ったまま一鍬の動きは止まってしまった。
吼太はまるで哀れむようにそれを見つめ、うなだれる肩に手を置いた。
ダンボールの中からひとつ柿を拝借すると、ソファのほうを向いて言った。
「鷹介、七海、柿剥くけど食べるか?」
『食べるー!』
なんとも素晴らしいコンビネーションで、ふたりが同時に右手を上げた。
よし、と吼太がそれを持って台所へ向かおうすると、一鍬がそれを制した。
「俺が」
「…はぁ」
鬼気迫る、といった様子の一鍬に、吼太は無言で柿を差し出すしか道はなかった。
台所へ向かうだけだというのに、今にも荒い息遣いが聞こえてきそうなほどの迫力の一鍬を見送りながら、吼太はまたため息をこぼす。
鷹介に他意はない。疾風流の3人は、ただただ仲がいい。と言うか、おそらく男だとか女だとかいった違いに気づくことすらなくこれまで付き合ってきた。元々同期として仲が良かったうえ、忍風館の仲間達がみんないなくなってしまったこともあって、その結束はより深まった。きっとこれは、家族や恋人とはまた違う、でもなによりも大切なつながりなのだ。
もちろん仲間として一鍬は好きだし、七海への恋を応援してやりたいと思う一方で、すんなり渡すのは少しばかり口惜しい気もする。もちろん七海次第なのだけれど。
手早く柿を剥き終わった一鍬が、足取り軽く台所から戻ってきたのを、吼太はなんだか妙な気持ちで眺めていた。
(061105up)
確か書き始めたのは4年前くらい。ずっと放置。きっと鍬七の予定だったんだろうけど、今は吼太が好きなので一鍬は報われず。すまんね!
きっと七海たんは何の意識もなく甘えた声を出してると思います。なにせ「自分が可愛いことを認識している」子なので、自然とそういう声を出しちゃってるのさ。
季節ネタなので慌ててアップ。