「…七海だ」
「は?」
「七海が来る」
 吼太は辺りを見回すも、七海どころか自分たち以外の人影すら見当たらない。
 何を言ってるんだ一鍬、そう言いかけたところで遠くから聞こえた声。


「いっしゅう〜っ」
「七海ッ!」


 訪問介護先の子供と一緒に見た教育テレビのとあるアニメで、銭の落ちる音を聞くとどんな遠くからでも聞きつけて駆けつけてくるヤツがいた。
 …今まさにリアルでソレを見ている気分だ。思わず吼太からため息が漏れる。


 しかしそんな吼太には目もくれず、一鍬に駆け寄る七海(しかし一鍬も七海に駆け寄ったので実際どうだかわからなくなった)。
「あのね一鍬、あたしおぼろさんに重たいものばっかりおつかい頼まれちゃってねぇ」(見上げる)
「(か、わいい…!)」
「文句言ったのに、おぼろさんてば修行になるから行けだなんて無茶なこと言ってさぁー」(すそを引っ張る)
「(かわいい…!)」
「ねぇ一鍬、買い物付き合ってーぇ」
「(カ・ワ・イ・イ!)し…仕様がないな…」
「キャーやったーぁ! それじゃ、出発、しんこー!」


 一体何の茶番だというのだ。出会った頃からは考えられないくらいの。
 確かに一鍬は以前、チューピッドによって術をかけられ、七海に恋したということがあった。

 

 …しかし、だ。


 吼太は見逃さなかった。『仕様がない』などと困った素振りを見せながらも、自然とつりあがってくる唇を無理やり下げようとしていた一鍬の様を。


「あーああ、なんで俺一鍬なんかと一緒に見回り来ちゃったんだろ…」


 まるで七海の言われるまま、腕を抱かれて行ってしまう一鍬をぼんやり思い返すと、再びため息が漏れてきた。
 後悔まったく後に立たず。いや一鍬は頼れる仲間だ。…忍者としては。
 しかし今日はいわゆるパートナーである自分に、去り際にせめて侘びくらい言って欲しかったというもの。
 …もう一度。
 三度目のため息を漏らしたときとなりには、そのため息を出させている張本人の兄がいつの間にやら立っていた。


「すまないな」
「い、っこう!? いつの間に…」
「七海に引っ張られて浮かれている一鍬を見たものでな…、まったく仕様がない」
 それを聞いて思わず吼太は吹き出した。
「…何が可笑しい」
「だっ…て、『仕様がない』とか言って、一鍬と同じせりふ…」
 『仕様がない』なんて言って、やっぱり薄く微笑んでいた。
 …そりゃあ一鍬のソレはニヤニヤしたどうしようもない笑いだったけれど、しかし一甲にも弟を見つめる優しいまなざしが見て取れて。

 

「お互い、苦労しますなぁ」
「ほんとだな」

 

 お互い見回りのことなど忘れて、身内の苦労話に花を咲かせた。








れれ、いつから甲吼に…?
やーん、ようすけ出せなかった…。