※このはなしは「社くんが超過度にシャイボーイだったら超たまらん!」という妄想の塊です。趣味です。ちょっとひくくらいの過剰演出です。それを踏まえた上でご覧くださいw





「行かない」

 頑なに拒否を続ける和谷に、伊角と奈瀬は呆れ顔でため息を漏らす。
 北斗杯を控えた日本代表メンバーの合宿地(=塔矢の家)へ、陣中見舞いへ行こうという誘いだった。

「…ただの陣中見舞いよ」
「うっるせーな! そもそもなんでお前らが見舞う義理があんだよ」
「義理って…和谷、進藤が頑張ってるんだぞ?」
「塔矢とかいやだし」
「とかって」

 ひどくあいまいな拒絶に、伊角と奈瀬が顔を見合わせる。子供みたいなことを。
 気持ちは、わかるのだけれど。

「そもそも奈瀬とかなんでそんな乗り気なんだよ!」
「社くんが可愛いから」
「えっ」
「えっ」

 奈瀬の発言に思わず耳を疑ったが、当の本人はしれっとした態度で和谷の正面に座り込んだ。

「あのねー、あんたにはこう、仲間意識みたいな、そういうの足りないと思うのよね。うん、足りないって言うか、中途半端?」
「なんだよそれ」
 和谷がむっとして奈瀬を見上げると、なんだか少し難しそうな顔をしていた。

「思ってるしやってるし言ってるけど、どうも寛大になりきれないというか」
「…ふぅん? 杜くんが可愛いから☆とかいう理由で同行しようとしてる奴には言われたかねぇ」
「和谷くん可愛い」
「…ぼ、棒読み…」
「ばかね。同期がそうやって活躍するのひがんだって始まらないでしょ。進藤たちに日本を代表されちゃってるのよ? 負けんなくらい言ったってバチあたんないでしょ」

 あんたなら。それを言う権利もある。
 そばで聞いていた伊角には、そんなニュアンスも感じ取れた。





 そうと決まれば妙に奈瀬は行動的だった。
 ごはん作る!とのたまって、スーパーで食材を買い込んでの出陣。
 塔矢は思いのほかすんなり受け入れてくれたが、当の進藤には少しうっとおしがられた。
 初対面の社とはあまり言葉も交わさぬまま、台所を借りる。作るのはカレー。ルーの力ではずさないし、人に出せるのはこれしかなかった。
 和谷と伊角は、すんなり検討中だった進藤と塔矢の間にすべりこんだ。ごねても、やはり気になってはいたのだ。家を出るまでのしぶり具合などおくびにも出さずに、和谷も積極的に口を挟んでいる。
 そのとき社が、台所の方向をときどき向いては、落ち着かなそうにしていたことには、誰も気づいていなかった。

 
「社くんは?お代わりいる?」
「…」
「(かわいい…)はいはい、どうぞどうぞ」

 目もろくに合わさず無言で皿を差し出す社に、新鮮さを覚えながら奈瀬はカレーをよそう。
 普通のカレーだったが、やはり味にうるさくない少年たちにはそこそこのヒットだった。

「あははは奈瀬、こいつこう見えて意外に女に免疫ないんだぜ! こないだもあかりが遊びに来た時もひとっことも、あかりとはひとっこともしゃべんなかったしな」
「うるせえ進藤!」
「へぇ〜…あかりちゃん…」
「…なんだよ和谷」
「別にぃ?」

 おそらくいつもなら、そのテの話題に真っ先に食いつくであろう奈瀬が引っかかることも無く。
 それどころか、和谷のぼんやりとした追及すら、そのときは耳に入らなかった。

「かわいい…社くん…」
「!!!」

 そう言ってまた顔を赤くする社を見ては、奈瀬はもういちどかわいいを繰り返すのだった。





(あー、やってられへん…)

 奈瀬から繰り出されるセクハラに耐え切れず、社は家を飛び出した。

 夜風に当たる。結局山盛りのカレーを2杯も食べて腹は膨れたのに、緊張のためか食事中の記憶が無い。
 社清春、15歳。本当に女性に対しての免疫がなかった。
 あかりの訪問時、緊張しすぎで具合が悪くなり、彼女が帰った後にほっとしすぎて、進藤についこぼしてしまったことが悔やまれる。
 
(あああ…、一体いつになったら帰るんや…)

 ためいきを吐きながらしゃがみこむ。
 もしも奈瀬がいなければ、和谷と伊角とはもっと打ち解けて、いい棋士仲間となれた気がした。夕飯ができるまでのわずかな間に手合いもしたし、検討もしてもらった。ふたりとも、碁に対する真摯な態度が見て取れた。

 別に奈瀬が悪いわけではない。わかっているのだが…。免疫の無い自分にとって、あれほどストレートに接してこられるとどうしていいかわからなくなる。なまじきれいだし。中学生にとっての3歳差は、とてつもなくお姉さんになるのだ。


「あっ、社くん」
「げっ」

 しゃがみこんで考え込んでいると、玄関の扉が開いて当の奈瀬が出てきた。ひとりだ。
 あからさまに嫌そうな顔をして、一度目が合ったその顔をそむけた。完全に不意打ちだった。

「…なにそれ」
「…や、」
 
 本当に悪かったなと思うのに謝れなかった。
 
「なにしてんの? 寒くない?」
「…別に」

 ふぅん?と言いながら、奈瀬は思いのほかあっさりと社を通り越す。
 パーカーのポケットに手を入れたまま、トントンとつま先で地面を蹴ってスニーカーを履く。

「あたしこれからコンビニ言ってくるけど、社くん何か欲しいものある?」
「コンビニ?」
「ん、あいつらノド乾いたって言うから」
「? それでなんでアンタが行かなアカンねん」

 奈瀬にとっては別になんの疑問を抱くことでもなかった。
 自分もジュースが欲しいなとおもっていたところだったし、ようやくひとつの対局の検討が終わって一息ついたところで、進藤がのどが渇いたとこぼしたのだ。それだけだ。
 検討にも手合いにも参加していなかったから自分が行くのだ。ただそれだけ。
 伊角には「暗いし危ないから」と言われたが、すぐ近くだしといってこうやって出てきた。

「だって、あたしものど渇いてたし」
「危ないやろ。暗いし、…アンタ、女やし」
(!)

 まさかの発言だった。
 徹底して自分から逃げようとしていた社から、こんな言葉が。
 女という言葉を言いよどんではいたが。 

 時間にして19時過ぎだったろうか。外套はあったがところどころで、また住宅街のため人通りもそう多くない。
 確かに10分しない程度の距離にコンビニはあったのだが、社にとってはどうにも府に落ちなかったのだった。

「あいつら誰も一緒に行くとか代わりに行くとか言わへんかったん?」
「だ、って検討中だったし…、伊角くんは言ってくれたけど断ったよ、悪いし」
「…」

 社は立ち上がると、黙って歩き出した。おそらく、コンビニの方へ。

「え、ちょっと」
「俺が行く」
「え、いいよ! 社くんも戻って勉強してなよ」
「こんな時間に女ひとりで外歩かせられへんやろ。アンタこそ中入っとけ、寒いし」
「…あいつらのリクエスト聞いてないでしょ、」

 一緒に行くわよ!そう言って小走りに社の隣へつけた。
 なんて核弾頭。確かに写真を見てかわいいとは思っていたけれど。
 今日びこれほど純真な男の子が身の回りにいない奈瀬にとって、あまりに刺激的で、そしてかわいくて、なんとも少女漫画の世界のようなときめきがあった。恥ずかしながら、少女漫画も時には読むのだ。

 少し、話せた。碁のこと、普段の学校生活のこと、と、女子に対する態度のことも。
 何についても、緊張のためか一生懸命に説明しようとしてくれるのがやはり奈瀬にとってはかわいらしく見えたし、戸惑いをはっきり口にしてくれたのも嬉しかった。

 ペットボトルのお茶の好みの話までできた。上出来だった。おい茶の濃い味が好きということで合致した。嬉しかった。



「北斗杯がんばってね」

 本当は帰るとき言うつもりだったけど、と奈瀬が言う。
 2Lのお茶とコーラのペットボトル2本は社が自然に手を出した。奈瀬の手には、夕飯のお礼と称して、社が買ったおい茶の濃い味ハーフサイズ。

 ん、とだけ返事をする。奈瀬の目を見て話が出来るようになった。

「なぁ、アンタも碁打ちなんやろ? 打たへんの?」
「あたしはいいよ、みんなとはレベルが違いすぎる」
「プロ目指してんのやろ? だったら…」
「ううん、いいの。今日は。この場では遠慮しとく」

 だったらそんな遠慮は、そう思ったのだが、でもそれ以上は言わなかった。
 奈瀬の気持ちはなんとなくわかった。おそらく進藤たちも、自分と同じことは思っていただろうに、何も言わなかったのは、きっと。それが一緒に過ごした時間の違い。


「社くん、北斗杯終わったら大阪帰っちゃうんだもんね」
「また、会えるやろ」

 同じ道を進むのだったら。
 唇の端をくいと上げて、ガラガラと玄関の戸を開けた。

「そのときは一局、お願いします」

 もう一度ん、とだけ返事をして。
 ただいまーといつも自分の家でするように、小さく呟いた。
(2009.03.01)