完膚なきまでに叩きのめされた、そんな気がする。

 というか実際、そうだ。そうだった。
 結果も気持ちも、すべて、すべてにおいて。



 どん底まで落ちた気持ちは、自然と奈瀬を呼び出すと言う行為に至っていた。
 



 電話がかかってきたとき、正直出ようか出まいか一瞬ためらった。
 と言うのも、今日の院生研修で、とある噂を耳にしていたからだ。
 
 和谷が、北斗杯予選で、敗北したと言う、噂。

 表示を見てためらて、そしてすぐ思い直した。
 ふぅー。

(甘ったれ!)




















「奈瀬…!」

 和谷はドアを開け、奈瀬と確認するなり抱きしめ、器用にドアを閉めながら室内に誘導する。
 奈瀬が抵抗しないのをいいことに、玄関に奈瀬を横たわらせた。
 しかしキスしようと顔を近づけた瞬間、急所に蹴りが入った。
「てっめ…! あにすんだよ!」
「はー、結局アンタの気持ちはその程度だったってわけね」


 悶絶する和谷と床の間をするりと抜けて、ズカズカと中へ入り込んでいつもの席に座り込んだ。

「おい、今のどういう…」
「わかんないの? じゃあやっぱりアンタってばその程度だってこと」
 掴みかかるところだった。
 奈瀬がなんとも強い目で睨みつけてくるまでは。

「悔しいのは結構、八つ当たりしたきゃいいわよしたって。…けどね、今アンタが向かわなきゃいけないのって、あたしじゃなくて碁盤じゃなくって?」
 言い返そうとした口から何の言葉も出てこなかったのは、きっと奈瀬に心の中を読み透かされたせい。
 どうしようもなくなって、和谷もいつもの指定席である奈瀬の向かい側に座った。


「ちょっと」
「なんだよ」
「…アンタのツラ、見てるとイライラするからどっか行ってよ」
「あのな! ここは俺ん家だぞ!」
 奈瀬の表情が見る見る冷たくなり、手元に置いてあったかばんを拾うと和谷を睨みつけた。
「お邪魔したわね!」
 ドスドス歩いて大きな音を立ててドアを閉められると、地震にあったようにその部屋が震えた。



 今ならため息はいくらでも吐き出せそうだ。声付きの盛大なのをひとつ、天井を見上げながら和谷が吐いた。
 …奈瀬が今日この部屋に来た理由は。
 …。
 …。
 …。


「クッソ!」
 近場に落ちていた上着を拾い上げると、戸締りもせずに奈瀬の後を追った。

















「−、奈瀬ッ!」
 呼んでも振り返ろうとしない奈瀬は、無理やり肩を抑えるとやっと歩くのを止めた。
「…痛いわね」
「…悪かった」
「ふーん」
「…俺さ、ほんとは話聞いてもらいたかったんだ、奈瀬に」
「誰かにじゃなくて、あたしに?」
 返事の変わりに小さく縦に振られた首があまりにも情けなくて、奈瀬はそっと和谷の頭を撫でた。
「うんうん。男の子は素直なのが一番」
「子ども扱いすんじゃねー」
 しかし言葉とは裏腹、和谷の腕はまるで母親のように奈瀬を求めてしっかりまきついていた。









 

 本当は抱き合うためにしいておいた布団に、ひとりで横になった和谷は、テレビをぼうっと見ている奈瀬を見上げた。
 あれから、部屋に戻ってから特になんの話もしていない。


 …ただ、伝えなきゃならないことが何であるかは理解していた。
 和谷は、やっと視線が合った奈瀬を手招いて、寝転がったまま天井を見た。
「あのさぁ」
「うん」
「…色々ごめんなー」
「…おう」
「俺オマエのこと精神安定剤かなんかだと思ってたのかも」
「フザけた野郎だ」
「…だよなー…ほんとになぁー…」
 しまった。布団に突っ伏して置けばよかった。なんだか熱くなってくる目頭は、自分は誤魔化せても奈瀬は誤魔化せなかった。
 しかし奈瀬は冷やかすことはなく、黙って手のひらをまぶたに置いてくれた。


「…でさ」
「うん」
「俺さ」
「うん」
「越智に負けたよ」
「…うん」
「…北斗杯、出れなくなっちまった…!」


 奈瀬の手のひらはあたたかく、勝手に熱くなった目頭を中和してくれて心地よかった。
 しかし明らかに奈瀬の手をしめらせてしまったことが申し訳なかった。


 空いたもう片方の手で、また子供にするように頭をごしごし撫でられた。
 ああなんて今日の自分は情けなくかっこ悪いんだろうと、つくづく思ったがやめてほしくなかった。



「和谷」
「うん」
「起きれる?」
「うん?」
「…今日は特別に明日美ちゃんが抱きしめてあげよう」


 和谷はゆっくりとまぶたに置かれた奈瀬の腕をつかみ、起き上がった。
 それから奈瀬にもう一度「いいこいいこ」をされると、ゆっくりとしっかりと抱きしめられた。








随分長い間設置しておいたネタアンケにて、初期の頃いただいたネタでございます。
「北斗杯予選の負けから、見事立ち直ってリーグ表作るまでの和谷くんの過程」と言うことなんですが…申し訳ありません、これが限界でした…!!
いただいたときからあまりにも惹かれていたので、是非取り掛かりたいとは思っていたのですが…、ほんと、最後の最後にフォローもできずに。
だからこのあと、いっぱい慰められて和谷くんは強くなってリーグ表を作ります。
ほんと、フォローしなきゃならないなんて最低な結果になってしまって申し訳です。お名前伺ってないのでどなたが下さった案なのかわからないのですが、もしこれを見てくださっていらっしゃるのであれば、本気で気持ちですがお受け取りください。