ぽかんと口を半開きにさせたまま、青とピンクを眺めるだけで日曜が終わった。
 3月だってのに昨日は雪が降った。でもその演出は、なかなか悪くなかった。

 綿の入った上着を着て、ホットのコーヒーのある自販機探して。
 何をしゃべったかのかもロクに覚えてないけど…いや、もしかしたら会話してないかもしれないけど、なんだか妙に心に残った。






 久しぶりに休みが揃った。なんとなくなぁなぁに付き合い始めたはいいが、それらしいことができたのは付き合い始めたばかりのころだけだった。
 だんだんと互いが互いのことで忙しくなり始め、会うことさえ難しくなって。
 そしてだんだんと電話やメールもしなくなって。
 でも、「もしかしたらこのまま自然消滅かな」とかぼんやり思い始めること、どっちかから連絡して、会ったりして。結局なぁなぁに付き合い続けて、もう3年とか?うわぁ、そう考えるともう長いな。

 なんだか最近は、どこどこに行こう、だからどこどこに何時に待ち合わせな、とかめんどうな約束をすることがなくなって、たまたま空いたら奈瀬がうちに来て、そのまま家の中でぐったりしたり、そこからどこかに出かけたりと言う流れに変わっていた。
 今日ももちろん同じように奈瀬はやってきて、でもいつもと同じように指定席に座り込むことはせず、玄関のドアを開けるなり立ったまま切り出した。

「どっか行こうか」
「どっかって?」
「んー…、、、花見?」

 そう言えばついこないだ、開花宣言したんだっけ。



「し・か・し・さ・む・い・な! 何もこんな日に外でなくてもいーじゃんよ」

 外に出た瞬間、あまりの寒さに、もう一度家の中に戻って分厚い上着に取り替えた。
 ポケットに手を突っ込むと、いつ噛んだか知れないガムが出てきた。

「軟弱だなー。家ん中いてもなんもやることないじゃない」
「…まぁー、日曜って別に見たいテレビも特にないしいいけど」

 奈瀬が振り返ってにやりと笑う。並んで歩くより、奈瀬が一歩前を歩くのは付き合う前からずっと変わらない。

「お、抱き合ったりとかできるじゃんとか言わなくなった!成長成長」
「あのなー、なにも俺だって年中さかってるわけじゃねえっつの」
「それじゃあ代わりに手でもつないでみようか」
「寒いし?」
「そう、寒いし」

 奈瀬の冷たい手をとると、ぐいと引き寄せて隣を歩かせた。
 もしかしたら俺はまた少し背が伸びたかもしれない。目の高さから見える奈瀬が少し低く見える?気のせいか?


「誰もいねーよ。やっぱ寒いし」

 家の近所の公園の桜はまばらだった。開花宣言ののち、それから開花が進んでいないと言うことを知ったのはまだあとのはなしで。そもそも桜に対してそこまで深くリサーチを入れていたわけではなかったのだが。
 そもそも人が大勢集まるほうの公園ではなかった。この近くには、小さな子供が住む家があまり無かった気がする。確か。

「だからいいんじゃない」
「なんか買って来るか」
「おお、気がきくわね。どうしたの?」
「…どうしたのはねーだろ。あったかいのがいーだろ?」

 奈瀬が頷くのを見て、もと来た道を少し戻った。

 自販機の商品の入れ替え時期はいったいいつなのだろうか。一番近くにあった自販機にはすでに冷たい飲み物しかなく、結局少し歩いた先でようやく見つけたあったかいコーヒーを二本買った。冷え切った手にありがたい温度だった。



「さて」
「おかえり」
 
 ガムの入ってないほうのポケットに突っ込んでおいたコーヒーを差し出すと、その温度に喜んでいた。相変わらずふたりして甘いのしか飲まないのなとか言いながら、プルタブを引いた。

「そもそも花見なんてさ、朝から場所取りしてさ、カラオケやりながらメシ食って酒飲んでわーわー騒ぐことを言うんだろう?」
「ねえ、森下門下とかでもやんの?」
「どんちゃん騒ぎはしねえけど、酒飲んだ師匠に説教はされるぞ。あのカラミ酒はたちが悪い。冴木さんのあしらい方俺も勉強しなきゃなー…」
「冴木さんは人柄の問題もあるからあんたが同じようにしたってよけい油注いじゃうようなもんよ」

 そうか?というと、そうだと目線だけで返された。

 
 コーヒーが空になっても、腰を上げることはお互いしなかった。
 もちろん寒かったし、せっかく温まった手も冷えてしまったが、どちらともなく手を繋いで、ただぼんやりと顔をあげ、空色に生える桜色を眺めていた。
 結構まぬけな顔をしていたと思う。人の集まらない場所でよかった。

 桜の木には昨日の雪が残っていた。なごり雪というのが、名残惜しくてまた降る雪なら、なんて今年は女々しいのだろうと思う。暦の上での春を迎えてから、少なくとも2、3度は降ったはずだ。確か。そんなにも心に思うことがあったのだろうか。

 今日はほんとうに寒い。空が高く青い。雲もなく、ただ青い。
 まばらではあったが確かに開いた桜色の花びらと、解け残った雪。
 ガラにもなく悪くないかもなんて心でつぶやく。


 どれくらいかそうしたいたら、急につながれた手に力が入った。

「帰ろうか、おなかすいちゃった」



 日もだいぶ長くなったことに今日気付いた。もう16時だった。
 明日はまた仕事だ。でも不思議と、いつもの休み明けよりもずっと、すがすがしい気持ちだった。





(040321)
おうせつとは「桜雪」と書きます。一応自作の造語のつもりですが、もしあったらそれはそれで。