果たしてコレはどういうつもりなのだろう。奈瀬は差し出されたサクマ式ドロップをまじまじと見つめた。
「…火垂の墓のファン?」
「きらいじゃないけど。泣いちゃうからあんま見ないよ」
「へえ、冴木さんて泣くんだ」
思わずムッとした顔で「心外だな」とつぶやくと、冴木はムリヤリ奈瀬の右手に、ドロップの缶を握らせる。
改めて、今度は自分の手の中にあるドロップ缶を見つめる。
会うなり、手ぇ出してごらんと言われて、差し出されたのが、これ。
「あの、ていうかわからないんですけど。真意が」
「ええ、ニブいなぁ。女の子なのに」
「はぁ?」
そもそも彼は贈り物なんてくれるような人ではないし、そう、もらう義理も確か無い、はず。
もちろん嫌ではないし、…むしろなんだかあらぬ期待をしてしまいそうなくらいで、だからこそ変に誤解させるようなマネはやめてほしいわけで―――。
黙り込んでドロップ缶に意識を集中させていると、頭をぽんと叩かれた。
「まぁいいや、そいじゃ、またねーい」
まるで軽口でも叩くように言い放たれると、奈瀬の頭から離れていった右手はそのまま高く上げられた。追いもせず声もかけずにいると、その背中は曲がり角に吸い込まれていってしまった。
結局真意はわからぬまま、奈瀬もその場を後にしたのだった。
「おい奈瀬」
「なによ、わ!」
和谷の声で名前を呼ばれて振り返るなり、顔面に向かって何かが叩きつけられた。
「ちょっとお!かよわいオンナノコになんて乱暴を!」
「んだよ、持ってきてやっただけありがたいと思え」
「はぁー?なんなのよ、冴木さんといーアンタといい…?」
まったくわけがわからない、とぼやきながら、たった今顔に叩きつけられたモノを見る。
ペコちゃんのペロキャン。どうやらいちご味。
うん?と、まだ右手でしっかりとにぎりしめているサクマ式ドロップを見つめてみる。
あやうく落っことしかけたペコちゃんのペロキャンを見つめる。
…あ、め?
思い当たるフシがひとつあったのを思い出した。ああそう、そうだ。女の子なのにニブいと言われたその真意も。
「…も、しかして今日って」
「あんだよ、1ヶ月前チロルチョコ一個でお返しお返しだってわめくから、わざわざこうして持ってきてやったってえのに…」
「ギャー!!どうしよう和谷!」
「はぁ!?だぁらなんだよさっきから」
確かめるような問いのはっきりとした答えはもらえなかったけれど、「チロルチョコ」と「お返し」というキーワードでじゅうぶん理解することができた。
ああそうだ、そうよ…、バレンタインデー、その日を、棋院に行く途中に思い出したあの日。
無責任にチロルチョコのバラエティーパックばら撒いてたんだっけ!確か高らかに、「お返しは3倍で!」とか叫びながら…。
奈瀬は目の前の和谷をすっかり無視し、鮮やかによみがえってくるあの日の記憶を整理し始めた。
確か、確か。記憶が確かなら。
ううん、このドロップ缶がなによりの証拠。
ああ、女の子なんだから、手作りチョコレート☆とかきばってみたかったなァ…なんて思いつつも、でも今更仕方が無いから、ビターのダースを買ったの、それとは別に、買って。
それで。
…
あの日のひどい記憶をわりと正確に呼び起こすと、奈瀬はお手本のような回れ右を披露した。
「わ、なんだよ」
「ていうか和谷くん知ってた?アメはねえ、お付き合いOKの女の子に返すもんなのよ?でもごめん、あたしあんたと付き合う気ないから!」
「いやていうか俺こそそれはカンベンだから!」
まるで去り際の決めぜりふのごとく言い放っては去ってゆこうとする奈瀬に、和谷は慌てるように返答したのだが。
その叫びは奈瀬に届くこともなく、むなしく廊下に響いた。
「さえきさん!!」
基本的には静かな棋院。研修会がはじまる前で、いつもよりほんの少しは騒がしいとは言え、それでも奈瀬の声はじゅうぶん響き渡った。
「うー…、できれば音量をもう少し下げてお話がしたい」
「えーと、あの、これって」
冴木のささやかな願いなどまったく耳に入っていない奈瀬は、いまだ右手ににぎりしめたままのドロップ缶を指す。
「ああ、そうだ、忘れてた。やっぱりそれちょっと返して」
「え」
「ほら、返しなさいよ」
やだ、と言い張る奈瀬から、おもちゃを離さない子供からそれを奪うようなしぐさで取り上げると、蓋を開け、掌にいくつかのドロップをこぼした。
「…もしかして根にもってるのでしょーか」
「根に持つ? ああ、オマケみたいなチョコくらいで、しっかりお返しせびってきたこと?」
冴木はそう言うと、否定も肯定もせず笑い、掌の上ドロップから選びだすと、口に放り込んだ。
その行動がやっぱりそうなのか、と奈瀬に確信を持たせ、来年こそはきっちり乙女らしく行事に命をかけようと心に誓っていたのだが、その間にも冴木は同じような行動を2、3回繰り返した。
「もうむり」
「…エー、いくらなんでもアメ食べすぎ」
掌のうえに残ったドロップをもう一度つめなおすと、ふたをしめ、改めて奈瀬に突き出した。
不服そうな奈瀬が渋々受け取るのをみると、両手で口を抑え、ゴリッ、ガリッという激しい音をたてはじめた。
「…冴木さん?」
しばらく必死な形相でそれをつづけているのを怪訝な目で見つめていると、見るなとでも言いたげに回れ右をして背を向けてきた。
そしてしばらくしてものすごい音がおさまってくると、冴木が振り返り、片眉を吊り上げて見つめてきた。
「イヤー、大仕事しちゃったよ」
「え、ていうかあんまりおもしろくないんですけれども。報復?」
「いやいやいやいや」
まさか、とまで言ってから、もういちど口の中に少し残っていたアメを、ゴリゴリと噛みなおした。
「冴木さん、」
「だって奈瀬ちゃんハッカきらいだもんねえ」
(、、、さぶーーーーーー!!!)
叫んでしまうところだった。思わず。
でもあまりにあまりなことで奈瀬は放心してしまい、いまだしぶとく口の中に残るハッカドロップと格闘している冴木を、ただぼんやりと眺めることしか出来なかった。
いやとてもさむい。おサムイことをしている。
冴木光二さんはとてもとてもいい男だし、奈瀬がこのひとにチョコをあげたかった理由は、かっこいいからとかただそういうのばっかりではなく。
いい男の定義とは。必ずしも、見た目がいいばかりではないのだ。
死ぬほど恥ずかしいことを、せっかくの美形が崩れるようなことをしてまで、やってのけてくれる行為と言うのは。
「…ものすごい恥ずかしいセリフをしらふで吐いていいでしょうか」
冴木は、どうぞ、というジェスチャーを、口の中のアメのくずを飲み込みながらした。
「すごい今胸がきゅーんとしたんですけど」
『ものすごい恥ずかしいセリフ』をしらふで、というか大真面目な顔で吐かれた冴木は、思わず吹き出しそうになり、あわてて口をおさえた。まだ若干残っているハッカのカスが飛び出してきそうな勢いだった。
「や、めてよ、腹イタイ」
「冴木さん」
「ギャー」
「冴木さん、」
「…なんでしょう?」
「ちゅうがしたいです」
相変わらず顔色一つ変えない様子の奈瀬を見て、冴木の笑いも止んだ。
ごくり、と最後のカスまで飲み込むと、奈瀬の目線まで顔の位置をずらして、言った。
「…ハッカ味ですけれども」
「うるさい」
そのやけにスースーするキスを、とりあえずしばらくは忘れないだろうと、思った。
(040314up)
恥ずかSEE!!と思っても、それは「ギャグです」と言って乗り切ればいいんだということに気がつきました。
基本的に少女漫画属性な文字書きなので、どうしても放っておけばこっ恥ずかしい方向へ物事が進んでしまいます。
しかしホワイトデー書いてからバレンタイン書くって順序おかしいよナ。