そう、イベントごとにすっかりうとくなっちゃって。まったく女の子だっていうのに。しかも年頃の!
 気付いたのが研修会に、棋院に向かう道中のこと。幸いコンビにがすぐそばにあったから、慌てて駆け込んで、迷わず手にとったのがチロルチョコのバラエティーパック。まぁ、あれよね。義理には義理とわかりやすく。かつ、広範囲に手を広げられる絶好のアイテム。
 
 あともうひとつ、甘いものはそんなに好きじゃないんだけど、なんて言いながら、ビターだったらわりとさくさく口に運んじゃうようなあのひとのために。別口で買ったりなんかしちゃったりして。
 









 …まぁ、待ち人、来ず。みたいな?
 初詣に行ったときにひいたおみくじを思い出した。

 結局、その場凌ぎでないがしろにしちゃった行事に、見返りなんかあるはずもなく。




(まぁしょーがないわよね。そもそもきっちり用意もしてなかったわけだし。だったら改めて気合入れまくった手作りチョコでも持参してくればいいわけだし!)

 まぁそれこそいつ来るかなんて賭けでしかないけど、としっかりオチまでつけてみると、なんだか無性に悲しくなって、ためいきが出た。


 すっかり空になったチロルチョコバラエティーパックの袋。
 たったひとつだけ別に買った、ダースのビター。まったくなんの色気もない。せめてラッピングされたのでも買えばよかったのにと今更後悔した。でもそれでは味なんかわからないし、とフォローしてみたものの、結局渡すべき相手はいないのだから意味はないということに気付いてさらに落ち込んだ。

(…絶対自分で食べるんならホワイト買うのにな)

 それでも別の誰かに、なんの理由もなくとも渡すような気にはなれずに、べりべりと箱を開けると、銀紙を開け、ふたついっぺんに口に放り込んだ。


 ああ、苦い。心ごとしかめっ面をしてやると、チョコレートの入った箱を少しだけ力を入れて握る。
 いつまでもこんな棋院の入り口で、座り込んでチョコをつまんでいるわけにも行かないとは思うものの、どこか諦め切れない気持ちが引っかかり、なかなか立ち上がることが出来ないでいた。

 …あげるはずのチョコももう開けてしまったのに?
 観念するか、とばかりに立ち上がろうとしたとき、遠くから複数の足音が聞こえてきた。

(…うわ、)

 思わず奈瀬は植え込みの中に飛び込み、しゃがみこんで隠れた。お目当てのひとも、いる…のだけれど。

(ああそういえば、いざ見つけたときのことなんかなんも考えてなかったよ)

 知った顔のプロ棋士たちとなにやら楽しそうにしゃべっている。まさかこんな中に入り込める勇気はないし、入れたところでたべかけのチョコを渡す度胸はない。
 とりあえず気付かれないように帰ろう、とまわれ右をしたとき。

「わ、」

 うっかり手を滑らせ、ぽろぽろとダースのビターがこぼれおちてしまった。
 うわ、まずい。別にこのままにしてトンズラしてしまってもいいのだろうけど、なんとなく自分の気がおさまらず(というかほぼ無意識の行動なのだけれど)、律儀におとしたダースを拾い集めた。ああ、さっき箱つぶしたせいでうまく入れられないや…。1、2、3、4、5、6、…あれ、ダースって何個入りだっけ?


「それじゃあ、また来週」

 低い声が耳に届いた。…たった今までその階段で待っていたその人の声だ。
 足音が散っていく。解散したようだ。とりあえず、事なきをえ…。


「あれ?」


 ることはできなかったようで。
 
 いやん目ざとい!なんて心の中で激しくツッコミをしつつ、植え込みの中から出ておそるおそる振り返る。


「…な、にしてるの?」
「え、ーっと…散歩?」
「…へえ?植え込みになにかおもしろいものでも?」

 お互いに語尾があがりっぱぱなしの妙な会話。
 まあある意味、他の知らないひとに見つかって通報されるよりは、はるかにマシっちゃマシなんだろうけど。
 確かに今日一日待ち望んでいたのはその声なのに、なんとも言えない絶妙なタイミングで聞かされると、軽い殺意さえ覚えます。

「俺の知ってる奈瀬ちゃんて、こんな暗い夜道でそんな奇行にはしる子だったっけなぁ?」

 誰がそうさせたのよ!なんて全面的に相手のせいにした暴言を心の中だけにとどめ。
 ニッコリ、お得意の愛想笑いをつくると、後ろ手でダースの箱を持ち直す。

「ていうかほんと、こんな暗いのに女の子ひとりは危ないよ。送ってくから、帰ろうか」

 ああ、せっかくうまく笑ったつもりの愛想笑いはすっかりかすんでしまった。笑顔は得意分野のはずなのに。
 いつだって優しく笑う。だから、今だってこんな、変な期待をしてしまうわけで…。

 思い直し、うまいこと気付かれないように、ダースの箱をかばんにしまってしまえ、と思って、手を微妙に動かしたとき。

(わ!)

「あれ、なんか落ちたよ」


 ぽろぽろと無様に落ちてゆく、さっき拾ったはずのダース。
 ああそうだ。きれいにしまえずに、箱の開け口付近でごちゃごちゃのままにしといたアレが…なんて冷静に考えている余裕もなく。


「奈瀬ちゃん?」
「あのー、えーと、気のせい…?」
「…奈瀬ちゃん?」

 さすがに不審に思われ、うしろにまわしっぱなしだった腕を軽く引かれる。
 そのまま握られてブサイクになったダースの箱を奪われると、思わずあーあとため息が出た。

「…別にチョコ食べるの責めたりなんかしないのに、俺」
「えーと、そうじゃなくって」
「なぁに?勿体無いねえ、みんな落としちゃったんじゃん」
「…えーと」
「あ、でも1コ残ってるよ。ホラ、」

 ほら、と言われて視線を向けてみると、そこには銀紙に引っかかってしぶとく残った1粒のダース。 

「よかったじゃん」
「(…別にチョコにそんな必死になってるわけじゃないんですけど)」
「ああでも、これってビター?だったらもらってもいい?」
 
 いい?なんて謙虚に聞いてくる割に、奈瀬の返答を待たずして、箱を確認した冴木は、生き残った1粒を口に放り込んだ。
 奈瀬が呆気にとられていると、もしかしてすんごい食べたかった?と言われ、慌てて首を横に振る。


「だってねえ、一応、バレンタインですし?」


 そう言ってニッコリと笑うと、ぐちゃぐちゃになったダースの箱の中に、盛大にばらまかれた9粒のダースを、1粒ずつ拾って詰め込み始めた。未だぼうっと立ち尽くす奈瀬をすっかりと無視して。


 バレンタインですし?
 …だからなんかもっとちゃんとしたかったんですけど。

 いそいそとダースを拾い集める様子を見下ろしていると、なんだか胸の奥がツンとした。


 そして最後の1粒が拾われ、同じようにその不恰好な箱につっこまれようとしたとき、ふいにしゃがみこんで、目線の高さが同じになった奈瀬が、その箱を奪い返してきた。

「うわ、びっくりした」
「冴木さん」

 今度こそニッコリと、目の前の人に負けないような笑顔を作った。

「あたし、ハッカは苦手なんですよねえ」
「ほー、ダース1粒でお返し貰おうっての?いい度胸じゃん」


 にやりと笑うと、奈瀬に奪われたブサイクな箱に、最後に拾った1粒を押し込んだ。
 そしてゆっくりと立ち上がると、奈瀬に向けて手を差し伸べた。

 それはもちろん立ち上がらせるために差し出したものだったのだが、結局その日別れるまで、つないだ手は離れなかった。




(04/02/20)


ダースのビターはそんな苦くなかったような気がします。もうここウン年食べてないからわからんちん。
チョコの名前がダースしか出てこなかったんです。別に冴木さんは、奈瀬の股の下もぐってダース拾ってるわけじゃないのよ(フォロー)。

にしても最近こんなんしか書けねー!!たぶん5日後とかに気付いて恥ずかしがると思う。
名前を出さないように出さないようにって意識すんのは大変ですなぁ。最初は出すタイミングに悩むってのに。

ていうか6日過ぎてからどうどうと時事ネタを書くなや!!