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 朝方にいきなり呼び出しの電話をくらい、休日出勤となってしまった。
 そんな過程もあってか、平日以上の疲労感をひきずりながらただいまーと玄関を開けると、居間ではソファに身を沈めてくつろぐ妹の姿。
 足元には、脱ぎ散らかした靴下とジャケット。思わず、ためいき。

「おい明日美!脱いだもんそこらへんに散らかすなって言ってんだろう!?皺になるだろ」
「うーい」

 聞いているのかいないのか。ぼりぼりとスナック菓子を片手に、生返事。
 あれだけ騒いでいたダイエットはどうした。しかも2袋目らしい。テーブルの上には空になったチョコレートの包み。

「ほら、菓子食い散らかすのもやめろっての。食うなとは言わないからせめてゴミくらいゴミ箱に捨てる!」
「あーもーうるさいなぁ!おかあさんも言わないようなせりふ言わないでよ!」
「ああ、おれが出て行ったらこの家どうなるんだろう…」

 兄としては何の気なしにこぼした言葉であったのだが、思いのほか妹は食いついてきて、ソファでもたれていた身をこちらまで乗り出してくる。

「なに?自立すんの?」
「あんな、いつまでも親元ですねかじってるわけにもいかねーだろ。今日明日の話じゃないけど、そりゃいつかは出るさ」

 ちょうど付き合っている彼女とももうすぐ3年近くになるし、仕事も落ち着いてきたし。
 結婚はともかく、一緒に暮らさないか、なんて話もで出した時期だ。

「…たまに泊まりに行っても、いい?」
「なんでだよ」
「うち帰って来る日だけでいいから」
「はぁ?」
「ほらさ、擬似ひとり暮らしとかしてみたいじゃない!あたしみたいにかわいい女の子だと、おとーさんとおかーさん口説き落とすの大変そうだからさぁ」
「…おまえほんと誰に似たんだろうな」

 またひとつ、自然とためいきがこぼれた。
(20090308up/奈瀬+兄)
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 居酒屋バイトから帰宅。疲れて帰ってきてみれば、居間ではソファに身体を預けてくつろぐ姉の姿。
 ここ数日、お互いの予定がかみ合わず、顔を合わせることもなかったが、今日こそは言わねばなるまい。
 キリキリの体力をおして、若干のけんか腰。

「おい明日美」
「んもー、うちの男どもは二言目どころか一言目っからおい明日美やい明日美って…」
「おまえ、こないだ貸したCDいつ返すんだよ」
「はぁ?CD?」

 なんのことよ、と威張られた。
 まったく理不尽である。

 3人兄弟の真ん中の明日美は、唯一の女ということもあり、明らかに男ふたりよりは優遇されてきた。
 生意気だと思うことはかなり多かったが、それでも兄弟の贔屓目に見てもかわいいと思ってはいたし、兄のほうはなんだかんだで妹に関しては結構甘くあったのではないかというのが、弟の談。
 そしてそのしわ寄せが全部まわってきたんだ!というのが、末っ子の談。
 
「おめーが聴きてえっつーから、蔦谷から借りてきたまんま先におめーに貸したんじゃねーか。返却明日までなんだぞ。俺まだ落としてねーんだぞ」
「CD…、あ」

 あ、というその声が思いのほか低く小さな声で、その1言だけで弟はなんとなく察した。

「てめえ、」
「え、延滞料金は払うわよ!」
「あったりめーだりろ! つーか何、又貸し?」
「えーと、…うん」

 ちょうどたまたま友人との話の中でそのCDのアーティストの話題が出て、それなら持ってる!と流れで貸してしまったとの言だ。
 自分もまだ聴いていないのに!

「てか抵抗なく借りるほうもどーなんだよ。明らかにレンタル品だってわかるのに」
「んー…、どうだろうね。あいつもそういうとこきちんと見なそうだし」

 だからそうなったわけだし、と語る姉の口ぶりから、なんとなく相手は男であると察した。

「…また別の男?」
「なにが?」
「おまえ、ほんと長続きしねーのな」

 別にきょうだいがどんな恋愛をしようが勝手ではあるのだが、なんとなくこの姉のことは気になってしまう。
 散々としわ寄せは受けてきたが、やはり唯一の女。贔屓目に見て、やっぱりちょっとは幸せになって欲しいなんて考えてしまう自分も少し甘いなと、弟はやっぱり察してしまった。
(20090308/奈瀬+弟)
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「冴木、早いな」

 その声に顔を上げると、同期の岡田がちょうどエレベーターから降りてきたところだった。
 はよーっす、と気の抜けた挨拶でそれを出迎えると、だいぶ前に飲み干して空になっていた、自販機の紙コップをようやくゴミ箱へ入れた。

「お前が珍しい」
「なんだよ、まるで俺がいつも遅刻ギリギリみたいな言い草だな」

 着てきたコートは今日の気候にはやや暑く感じた。春物の薄手のものを選んできたというのに。朝晩はまだ冷えるが、もうすっかり春だ。
 岡田がコートを脱ぎながら冴木を見やる。

「そうじゃなくて。お前がこんなに早くから出来上がってるのが珍しいなって言ってんの」

 冴木の普段の入り時間は決して遅くはない。そういう意味では、岡田より先に冴木が来ていたことは、決して珍しくはなかった。
 それから決まって冴木は、手合いの直前にはブラックコーヒーを買って、一服する。それまでどれだけ仲間と楽しげに話していても、その時間だけは削ることはなかった。それが、冴木にとってのリズムの作り方なのだろう。
 だが今日はすでにそれを敢行していたらしい。時間にして、まだ40分以上前に。
 

「なに、今日の相手、そんなに緊張する相手? …って、」

 組み合わせ表を見た岡田の言葉が思わず詰まる。

「…昨日とか、何話したの」
「なんで」
「いや、単純な興味」

 別に普通だった。

 昼間はお互い家を開けていたけど、夕方には帰宅して、夕飯を1品ずつ作った。一緒の入浴は拒まれたけれどそれは今に始まったことではないし、いつもどおり一緒の布団で眠って、また今朝起きた。
 意識しすぎか、逆にしなさすぎか、今日の話はまったく触れなかった。

「あれ、公式戦であたるの初めて?」
「…でもないけど、こうなってからははじめて」

 へー、と頬杖をつきながらこちらをのぞきこんでくる岡田の顔が、少しにやついて見えたのは気のせいではない。

「でも一緒に来たんだろ? 彼女は?」
「さぁ。…ていうか、何言わせたいの」
「いやー…、なんか落ち着かないお前がおもしろくて」

 つい、色々と追及してみたくなる。
 いつだって飄々としているこの冴木の、これほどまでに余裕のない様が、あまりに普段からはかけ離れていておかしかった。

「俺、昼メシ彼女誘おうかな」
「なんで」
「いや、同じ話聞こうと思って」

 面白がってやがる。
 唇の端を上げながら、ぎろりと睨み付けた。




 部屋に入ると、対局相手はすでに待ち構えていた。
 碁盤を前にしたときの、彼女の凛とした表情が好きだ。
 冴木が足を踏み入れるなりこちらに気がついて、強気な微笑を向けてくる。

「手加減しないでよね」
「ぬかせよ。負けても慰めてやるから胸を借りるつもりでおいで」
(20090311/同棲冴木奈瀬+岡田)
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 勿体無いかも、なんて思うのは今更だ。
 というか、きっと本人にとっても自分にとっても、その結果はきっといいことなのだから。

「冴木さん、もう完全にタバコ辞めたんだ」

 オシャレでかっこいい、と思っていたジッポーライターも、いまやどこにしまわれているのか奈瀬は知らない。




 元はといえば、きっかけは奈瀬の一言だった。
 
 元々喫煙に関しては肯定的でないにしろ、職業柄否定的ではなかった。
 好きか嫌いかではなく、気にしない。
 確かに、キスしたときの苦味はなんともおいしくいただけないと思ったことはあるが。
 そしてそのことをぽつりと、こぼしたのがきっかけ。

「今でも無性にあああって思うことはあるよ、飲み会とかで周りが吸ってるの見たときとか」
「でも我慢するんだ」

 うん、とためらいなくうなずく。
 そういう話をするたび、周りからは愛されてる〜、だなんて冷やかされる。当然!(?)


 一方で。
 いい男のタバコの吸い様に異様に魅力を感じてしまう性癖の持ち主でもある奈瀬。

 付き合って知り合って何年経っても、未だに見ほれてしまう超イケメンである、と贔屓目+での評価をしているこの彼氏の、ちょっと遠い目をしながら薄い唇でタバコを加える様に、異様に興奮を覚えたなんてことは、本人にすら告白していない。
 というか、言えない。禁煙の苦しみを、吸わないながらにそれなりに理解しているつもりだから。
 それでなくとも。周囲は構わずスパスパするような環境であるわけだし。職業柄。

「愛されてるでしょ?」

 さらにためらいなく、また嫌みったらしくもなく、すてきな笑顔で言われてしまうものだから。
 うん、とこちらもニッコリ笑顔でうなずくばかりなのである。
(20100406/同棲冴木奈瀬)
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「明日美、こーじさんにお礼言っといて」
「はぁ?なによいきなり」

 そもそもこの訪問すらいきなりだ。
 自分ですらろくにこの弟と話もしていないのに、一体なにをお礼を言うようなことがあったのか。

 弟と、自分の恋人が仲がいいのはよく知っている。なにかの折りに偶然出会い、紹介してからというもの、ウマが合うのかたびたび連絡を取り合っているらしい。
 自分を介さず、自分の家族と恋人が親しいというのは、なんだか不思議で、だかそれ以上に嬉しさがあり、そしてくすぐったい。

とりあえず上がればと言ったのだが、用事があるからと制され、代わりに手土産にとテレビや雑誌でたびたび取り上げられる、評判のバウムクーヘンを手渡された。
 きっとここらへんのチョイスは、気の利く彼女の入れ知恵だったりするんだろうな!姉としては、少し複雑な気持ちだけれど。

「おまえ、それこーじさんにだかんな。意地汚く自分だけ食うなよ」
「だからどうしたわけ?明日美ちゃんに内緒で男同士で結託しちゃって!」

 仲がいいのは嬉しいのだが、あまり面白くない。
 結局理由は語られないまま、弟はさっさと帰ってしまった。



「へえ、わざわざ。マメだなぁ」

ややかっちりとしたジャケットを脱ぎながら、感心したように冴木がつぶやく。今日は大御所の集まる研究会だったようで、少しくたびれた様子が伺えたが、そんな仕種ひとつひとつに、奈瀬はいまだに盲目的に恋をしている。

「ちょっと〜、なんだか仲間はずれでさびしーんですけど!」
「んー、恥ずかしがることないと思うんだけどね、俺は」

 でも奈瀬ちゃんがかわいそうだから、と殺傷能力の高い笑顔。未だに倒れそう。
 用件としては、微笑ましいものだった。
 恋人へ贈るプレゼント選びを手伝ってくれというもの。付き合って一周年の記念だそうだ。

 それくらい、自分に頼ってくれたっていいのに! わざわざ姉の彼氏に…。
 ていうか、むしろ女である自分を頼るべきなんじゃないの?

「なによう、わたしより冴木さんがいいんだ…!」
「そうでもないかもよ?」

 語尾を上げながら、冴木の視線の先へ。先程少し乱暴に渡された手土産を見遣る。有名店のバウムクーヘン。奈瀬も以前、テレビの特集を見てから、食べてみたいねと冴木に話していたのだが、なかなか自分で買うまでには至らず。

「こないだ会ったとき、たまたまこの店の前通ったから、奈瀬ちゃんが食べたがってたな〜ってぼんやり言ったの、覚えてたんじゃないかな」

 か わ い す ぎ る !

 失神させる気かと。
 まったく愛おしくてたまらない!!
 かわいいことをしてくれる弟にも、何の気なしに言ったひとことをきちんと覚えてくれた冴木にも。


 ただ、

(てゆか、ていよく弟を遣わせたわけね!)

 やわらかなまなざしで見つめてくる冴木の笑顔は、まったく嫌味がなく。それが含みを持った笑みだというのは、奈瀬にはわかりきっているというのに。
 だがそんなところもひっくるめて、やはり奈瀬は冴木に盲目的に恋をしている。
(2010くらい/同棲冴木奈瀬+奈瀬弟)
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「番波さんすごいね…」

 ドアを押し開け、ただいまより早い冴木の第一声がそれだった。
 番波さんとは、奈瀬のひとつ年上の女流棋士である。歳が近いこともあって話も合ったし、メディアに借り出されるときはセットのように若手女流棋士として持ち上げられたりもしたので、自然と仲良くなった棋士仲間のひとりである。

「すごい?」
「これ、」

 こちらもおかえりより先に気になった言葉を繰り返すと、テーブルに置かれたのは、その番波が表紙を飾るとある雑誌。

 なんでも、若い女性に囲碁に関心を持ってもらうため、囲碁のフリーペーパーを作成したところ、これが爆発的人気らしい。
 確かに一見、ファッション誌にしか見えないような表紙と、中をめくってもどこぞの女性誌か!という様子の、「イケメン碁打ち」だとか、たくさんの棋士の私生活を紹介するといった特集が組まれている。

「…話は聞いていたけれど」

 表紙でかわいらしい…というよりは、大人の色香を漂わせる、くらいの! そんな表情を魅せる番波に複雑な思いを抱きつつ、ページをめくればイケメン特集。

「あら」
「あらじゃないの」

 思わず手を止めれば、そこはいいからと強引にページをめくられる。
 ああ、かわいい。付き合って何年目?だというのに。そういうささやかな嫉妬が、たまらなくいとしい。

 などと浸っていると、コートを脱いで戻ってきた冴木が、奈瀬の向かいに腰掛ける。

「それ、3号目らしいんだけど、爆発的人気らしいよ。こないだ朝の番組でやってた」
「すごいねー…」

 それは本当に純粋にすごいと思ったひとことだった。
 周囲を碁打ちに囲まれているためにあまり意識しないが、やはり学生時代などは、理解を得られないことが多かった。
 人口が増えれば、自ずとライバルは増える。…が、碁界の活性化になるならすばらしい、というニュアンスの、素直な気持ち。
 だったのだが。

「…ねえまさかとは思うけど、広告塔さん」
「…たぶん、思いっきりあらぬ疑いを掛けられているのを感じるけど」

 前述の通り、「若手」「女流」「そこそこかわいい(自負)」として、チヤホヤされている奈瀬を、冴木としてはうれしいようなうれしくないような微妙な気持ちで見守っていた。
 それを奈瀬も感じ取っていたし、ちょうどメディアにちらほら取り上げられはじめたころ、冴木がささやかに周囲に自分たちの関係をアピールしていたのも知っていた。

 ああ、かわいい。嫉妬されているうちは、女として華だと思う。
 と、思わずまた浸ってしまう。

「誌面はまずいわよ誌面は!紙媒体は!」
「うん…」
「なあにー!言いたいことあるならはっきり言って!」
「…でもたぶん、かわいいヘアメイクしてかわいい服着せてあげるよって言われたら、ちょっとぐらつくでしょ」
「…」
「ほら黙るー!」

 実際、番波の表紙を見て少し惜しい、と思った気持ちはぬぐえない。

 もちろん表紙ではないにしろ、実は女子会や、棋士の私生活紹介のような記事の協力を要請されていた。
 結局、忙しい時期だったため断ったのだが…。

「…でも冴木さんこそ、イケメン特集要請あったら絶対乗るでしょ。載せるでしょ」
「…」
「ほら黙るー!」

 奈瀬としては、そちらのほうが心配だった。
 こんなイケメンを野放しにしていいのか! ただでさえ競争率の高いイケメン枠において、より目をつけられがちなこの男を!

「結婚するまで露出禁止だからね」
「え?」
「所有権が明らかになるまで、だめ」

 本当は所有権なんて意味がないことに等しいのだけれど。
 結局、そんな契約よりも、当人同士の気持ちの結びつきの問題なのだ。

 自分の中でうんうんと熱弁する奈瀬を、冴木はいぶかしげに見つめてくる。

「…する気、あるんだ?」
「え」

 かなりショックな一言だったが、平静を保ったふりをした。
 しかし虚勢のなかで搾り出せた言葉はあまりにもつたなく。

「…ひとり、よがり?」
「ううん、俺の、ひとりよがりだったら、いやだなあって」

 ぎゅう。
 奈瀬の右手は、すっかり放置されていた雑誌にかけられたままだったが、それすら奪われてぎゅうううとしっかりと握られる。

 ああ、うれしい。
 こんなすてきなひとに求められている。充足感。

 不安だった気持ちは一瞬で吹き飛び、ああこのひとといつまでも一緒に、と思う。

「じゃあ、碁的オファーは、結婚式まで保留で」

 という結論に落ち着いたのだった。
(2010くらい/同棲冴木奈瀬+奈瀬弟)
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「電気代かからなくてすぐ部屋があったかくなるやつ探してるんですけど」

 こんな子供のおつかいみたいなリクエストにも、笑顔で対応してくれるビッ○カメラの店員さんは、さすがだと思う。

「そうですねー、電気代という点だと、やはりファンヒーターですかね、」
「でも、スタンドが近くになくって、なかなか灯油買いにいけないんです…」
「であれば、最近だとカーボンヒーターをお勧めしているんですが、じわじわと暖まっていくような感覚なので…」
「…あのう、やっぱり部屋全体を暖めるんだったら、」
「そうですね、最近のものはだいぶ省エネ対応しておりますので、エアコンが一番効率がいいかもしれないですね」
「…」

 やはりか。
 がっくりとうなだれる肩を優しく叩いて励ましてやる。

「あの、とりあえずカーボンヒーター見せてください」


 結局、予算内に収まる商品が在庫にはなく、いったん仕切り直すことにして、店を後にした。





「もう床暖房にしちゃう!?」
「借家でしょーが」

 こつん、と頭をはたけば、また掌をこすりあわせてさむいーとうめく。
 エアコンが壊れた。いつかの夏に直してもらって以来、時折室外機のあやしい音が聞こえる、とは思っていたのだが、とうとうスイッチを入れても冷風しか吹かなくなってしまった。

 帰宅して玄関のドアを開けるなり、その寒さに嫌気がさす。
 それよりももっと嫌なのは、その気温がずっと変わらないこと。

「寿命なんだよきっと」

 どうにも危機感を感じていないように見える冴木の言葉に、少しだけ奈瀬はむっとした。 

「冴木さん寒いの平気なのー?いつも体温低いくせに」
「えー、やだよつらいよ」

 実際、奈瀬ほど大騒ぎをしないだけで、冴木とて同じくらいには寒がりだった。
 それでも、夏場のエアコンの故障より、はるかに気が楽であるのもまた確かだった。

「だって、暑いときと違ってこーやってあっためあえるでしょ?」

 ぎゅううう、と背中から抱きしめる。分厚いダウンコートを脱いで、薄手のニット姿になったのをいいことに。

「奈瀬ちゃん寒い寒いっていっつももっこもこだからなー。脱がしてる途中で萎えちゃうんだもん」
「…悪かったわね」

 それはそれで、なにかのマスコットのようでかわいいのだけれど。
 ぬくまった服を脱がしてまた寒さに震えさせるのも、どうにも気が引けて。

 おかげでそこそこにたまっていた欲を、いい加減に解放もしたかった今日この頃。
 腕に力を込めて、奈瀬の耳に唇を這わす。

「ちょ、待っ、」
「だーめ。今日はだめ」
「ちが、」

 なおもちょっと待ってー、とうめく奈瀬の声にはぁー、と嫌みったらしいため息を浴びせてやると、振り返る奈瀬の顔は、耳まで真っ赤だった。

「…は、腹巻、してるの…。取ってきていい…?」

 蚊の鳴くような声の告白。目なんかすっかり泳いじゃってたりして。

「だーめ」

 こみ上げる笑いをかみ殺しもせず、後ろ抱きのままベッドに飛び込んだ。
(20140113/初出:2014冬オムニバス)



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