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恋する乙女のレーダーをナメてはいけない。
それほどの人ごみだろうが、ひとたび視界のはしにでもとらえようものなら、たったひとり、世界で唯一の光は、わたしを捉えて離さない。
「和谷くん!」
「おー、しげ子ちゃん」
くるりと振り返って、ああと駆け寄ってきて。好きな人が自分に気づいて近づいてくるそれだけのことに、いちいちどきどきして。
いいところにー!なんて笑顔で言うから思わずえっ、なんて調子に乗ったりもしてみたのに。
出てきた言葉がこれ?
「もーちょっと聞いてよ。まあた俺フラれちゃったああ」
思わず浮かれて上がった肩も下がってしまう。上がり気味の口角はお気に入りだったのに、それすらきっと今は自然と下がってしまったのだろう。
「ったくさー、虎視眈々と計画練ってコトを運んでいったってのにさぁ」
どういう計画を練ってたとか、どういう運びだったか、おそらく懇切丁寧な説明があったのだろうけど、耳を通り過ぎるばかりで。
はじめてではない。でも、面と向かって聞くのははじめてだ。たいがいは冴木さんや、別のうちの門下の兄弟子相手に話すのを、遠くから聞いているだけ。
いつだって大人の話だからと、子ども扱いされてはのけものにされていた。
そういった意味では、扱いのランクが上がったことは、多少ではあるけれど喜ばしいのだけれど。
…だけれど。
「あ、ごめんちょっと待って」
かと思えば不躾にコッチの話をぶった切って、と言うかあっさりわたしの肩を通り過ぎて、なにやらおおい、と誰かを呼んでいる。知り合い、だろうか。
…ああ、もう。またしてもため息が出てしまう。
「あれ、和谷?」
「おー奈瀬さーん。お前いつになったら俺に1晩付き合ってくれるの」
「残念ねー、10年先まで毎晩予定が埋まってるわけよ」
「傷心の僕が毎晩枕を濡らしても気にしないって言うの! あー、なんて薄情な女だよ…俺はこんなに愛してるのに!」
「和谷くんが冴木さんみたいになったら考えたげる。じゃ、約束あるから!」
その、例の虎視眈々の彼女とはたぶん違うだろう、でもとても親しそうなやり取りを見せ付けるだけ見せ付けられて、彼女はこちらには気づきもしないであっさりと去っていった。
傍目に、それはすごく楽しそうで。
「いやー、まあたフラれちゃったあ」
へへへとそれでもなんだか嬉しそうにも見えるような笑い方をしながら帰ってきた彼に、
「和谷くんサイテー」
「ええっ」
そう言って頬を膨らませて背を向けるのが、精一杯だったんだ。
(20080128up/しげ子+和谷+奈瀬)
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腰のあたりに何かもぞもぞ動くものがある。
腰、っていうかもうほとんど限りなくケツ!って位置のような気もするんだけど。
「…もうギリギリ痴漢じゃない?」
「いーや?ギリでまだ痴漢じゃない」
「…そうですか」
ぎゅう、とその位置の腕で体を引き寄せられる。
鼻先を肩の上に置かれて、くんくん、と匂いをかがれたのがわかる。
「乙女の体臭チェックだなんて失礼しちゃう」
「いーにおいを拝借させてもらってるだけじゃん」
顔と顔がどんどん近づく。
と言うか、一方的に近づけてくる。それでも奈瀬は動かない。
「キスでもしてみる?」
「なんで?」
「なんでときたか…、したいから?」
「いーや」
「じゃあ味見程度で、」
断りを入れる前に、奈瀬の唇は塞がれた。一瞬。
触れるだけのそれはなんだか味気ないと思った。
なんて呑気なことを思っているうちに。
もう一度近づいてくる顔。
割り入れられる舌。
タイミングを見失うへたくそな呼吸。
離されて、ああもっと、と、思う。
「…味見程度だって言ったくせに」
「あまりに少量だったけどそれでもおいしかったのでいただきました」
「…そうですか」
「でももっと別の部分も味見がしてみたいのですが」
味見などしなくても、とっくに知っているくせに。
オヤジのようなやらしい言い方で確認をとるようなマネをしながら、でもすでに胸の柔らかさを堪能している手に口を尖らせたが、やっぱりそれすらおいしくいただかれてしまうのは目に見えていた。
そしてそれからああもっと、と、思うことも、きっとまったく目に見えたことだった。
(20080128up/冴木奈瀬)
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「…社くんてさぁ、すごい可愛いよね…」
「…はぁ?」
週間碁を読んで「かわいい」と言うコメントは、本来ならまずありえない話だと思うのだが。
なんだと思って振り返ると、ごろんと寝転がった奈瀬は、じっとあるページを見つめたまま次にめくろうとしない。
それは棋譜を紹介したページでもなければ、プロの手合いの日程が書かれたページでもない(ち、俺の日程をチェックしてくれたのかと思ったのに)。
今囲碁会で最も注目されている、18歳以下のプロ棋士による日中韓Jr囲碁団体戦・北斗杯に関するページだった。
「どこ見てんの」
「これ」
これ、と奈瀬が指差したのは、さらにその情報でもなく、日本選手のひとり、社清春の顔写真。
「…せめてインタビューとかのコメントがかわいいっていうんならまだ…」
「なによう」
「なにちょっと、こんないい男がいながら好みとか言うならぶん殴るよ?」
「冴木さん最近自分のこといい男いい男って言いすぎだしね」
「(…なんだよ)」
不機嫌になってゆく冴木などまったく気にもとめない様子で、奈瀬の視線はなおもその小さな顔写真に注がれたまま。
「あー、可愛いなぁ…。是非一度お目にかかりたい…」
「年下嫌いなんじゃなかった?あの子進藤と同い年だよ?」
「ビジュアルでカバー」
「…」
3つも下よ?念を押すように用意していた次のせりふは、結局日の目を見なかった。
別に本気にしているわけではない。
が。
だからと言ってそれほどおもしろい冗談でもない。
正直付き合い始めたころは、少しの歳の差もあって、一体お互いいつまでもつだろうというひどく曖昧な目算をしていたわけだが。
思ったよりもお互いはまってしまって、なんだかんだで随分長い付き合いになる。
余裕も出始め、おイタをしたくなる時期だ。
「関西弁とかきっと可愛いよね」
「可愛いの基準が激しく謎」
「社くんならたぶんなんでもかわいい」
「(ため息ついてやる)」
「今度陣中見舞い行こうかな。こっち来てるらしいし」
「奈瀬ちゃぁん」
結局ため息も実行しかねた冴木が、奈瀬の隣に寝転がって、その背中にのしかかった。
肘をついて上半身を支えていた奈瀬ががくんと崩れる。
「、重いよ」
「俺みたいなおっさん、見捨てられたら立ち直れなくなっちゃう」
「…」
そうすれば。
もうしょうがないなぁ、と言って、奈瀬はそれでも抱きしめてくれる。
大人の余裕など、存在したのは所詮は恋人になる前だけの話だった。
(20080203up/冴木奈瀬)
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4つの歳の差を意識しているのは、むしろ奈瀬ちゃんのほうだったのではないかと思う。
妹みたいなもんだなんて、いつまでも男がそんな面倒見のいいことを言っていられるわけはないのに。
そんなのは小学校、せいぜい中学校までの話。
どんどん女らしく成長していくその体は、自分は面倒見のいい兄貴だなんて、硬派なことを言わさせてくれなくなる。
いつだって、ブレーキをかけ続けていたのは、俺。
そして結局勇気を出した結果、今振り回されているのは、俺。
『もしもぉーし』
10コール以上は待たされてから、やっとのことで電話の向こうで反応があった。
「ちょっとなんだよ、その眠そうな声」
『…寝てた』
「おー、はよーございまーす」
『おはよ…、』
寝起きの彼女が機嫌がよろしくないのは重々承知している。
それでもなんとか会話をしてくれようとする彼女の敬意には降伏する。
「ねぇちょっと、もう夏休みなんでしょ? 少しは構って欲しいんですが」
『だってまだお盆休みに入ってないでしょ…』
「あのねぇ、今日明日は土日でしょうが」
『、ああ、そっか』
電話の向こうであくびする声が聞こえた。
曜日感覚もなくなるくらい、休日を満喫しているのかと、まったくうらやましい限りだ。
「俺すごいひまなんだわ、」
あえて甘えたせりふを。
『…ねぇちょっと、今30度あるよ、死ぬ』
ちょっと間を空けて、そんな心底めんどくさそうに言わないで、
「車出すよ」
俺にできるサービス。
『それにもうお昼。冷やしラーメン食べるし』
俺の好意の行方は?
「…わかったよ、どのみち今日は家出る気ないんだろ?」
『アハハ』
「(可愛い声で笑うんじゃねえよ)…明日はちゃんと朝起きてください」
『いいとも見たいから午後からがいい』
「そんなこと言ってたらまた暑くなって外出たくないとか言うんじゃないのお?」
『…あたしだって冴木さんに会いたいもん』
「(う わ ぁ …)」
だからこういうポイントをいちいち突いてくるから困るのだ。
こちらの戦意を完全に喪失させてしまうような可愛い声で、そんなせりふを。
とりあえず今日の不満をすべて解消させるような、ひとこと。
『だからだいじょぶ、ちゃんと暑くても行く』
「うん、うん、待ってる」
『だからこれから冷やしラーメン食べるからもう切るね?』
「えっ」
『ばいばーい』
ブチッ
ツー、ツー、ツー
なんて冷たい音だろうと思った。
せめてこちらの別れの言葉くらい聞いてくれたって。
なんだかこれでは、早く電話を終わらせたいがために可愛らしいことを言っていろいろをごまかしたように…。
とりあえず明日はなんとしてでも呼ぼうと、すっかり振り回されている年上のお兄さんは部屋の掃除をせっせとはじめたのだった。
(20080406up/冴木奈瀬)
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「…暑い」
先日、有名な川沿いの大きな花火大会へ行った時、駅前で配っていたうちわがたいそう役立つ夏。
このところエコだエコだとよく耳にするが、期せずして積極的な参加をすることになった夏。
クーラーが、壊れた。
「工事店にメンテナンスの依頼かけたけど、お盆入るから早くても空けて月曜からだって」
「そう…」
「んもー、だらしないなぁ。暑いって言ったってどうにかなるもんでもないでしょ」
「なに言ってんのよ、俺よりいくつ若いのよ」
そう言えば、こういうときばっかり年上ぶって!と、一緒に住んでいる年下の彼女に怒られる。
日中はまだいい。問題は夜なのだ。寝苦しいったらありゃしない。
彼女だって、夜中に何度も目を覚ましているのを俺は知っている。
知っているからこそ、イチャイチャできない!という悶々を彼女は察してくれているだろうか?
東京は暑い。このところエコだエコだとよく耳にするが、やはり個人で出来るレベルなどその程度だ。
塵が積もればと信じたい気持ちも分かるが、実際の問題として今のこの暑さは、大きなビルや隙間を見つけては居住地として土地を埋めてきた結果なのだと思い知る。なーんて途方もないことを考えたりして。
二の腕フェチとしては、自宅でノースリーブ姿を拝めてちょっとおいしかったりもするのだけど。
日差しが強いから遮光カーテンは閉めたまま、窓を開ける。
ミーンミンミン…
近くにたいした木なんて見かけなかったが、それでも蝉はいるのだろうか…。
「どっか行く? 涼しいところ」
「そういって荷物持ちでしょー」
「あははー。まぁ、別に特に買いたいものがあるわけではないんだけど」
「そういって女の子はどんどん荷物が増えていくのよね」
「じゃあ、家いる?」
「…うーん」
とりあえずアイス食べて考えよう。イチャイチャする方法を。
先日買いだめたガリガリくんのソーダ味を冷凍庫からふたつ、取り出した。
(20080815/冴木奈瀬同棲妄想/初出:2008夏オムニバス)
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いつからだろう。部屋の中ででたばこを吸わなくなったのは。
あいつが嫌だというからだ。
駅から微妙に遠くて不便な立地にあったアパートは、案外安かった。
そしてそのアパートは、はかったかのようにベランダがついていた。
追いやられるように、煙草を吸うときの指定席となった。
あいつが嫌だというからだ。
アパートからスーパーは遠かったが、コンビニはそこそこの距離にあったし、原付があるから文句はなかった。
ただうるさいのはあいつだった。
だからいちいち迎えに行くのだ。駅まで。今日も。
キスをした、ら、むせた。
「たばこ吸ったわね」
「…なんだよ、中じゃ吸ってねーぞ」
ベッドの中で目合いながら、じいと目を見つめられた。説教のように。
だが事実だ。
子供の頃からたばこには慣れているといいながら、ヤニくさい口とはキスができないという。厄介な話。
だが毎回むせられてはムードもへったくれもないので、会う前吸うのを辞める。
思うが侭だ。
大体部屋の臭いと言ったって、今更辞めたところで取れているとも思えない。これまで散々吸ってきているのだから。
だがそれで満足なのだ。
俺が思いのまま動くということに。
そして俺も満足だった。
組み敷いたこの女がそれで悦ぶのなら。
(20090302/加賀奈瀬)
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昔からよくある話でしょ。幼馴染とか、昔からの仲のほうが進展させるのが難しいって。
実際そうだとも思う。だってやっぱり、いつまでたったって幼稚園の遊具を使う順番で一番を争っていたヒカルだし、どっちが先に公園まで着くかを競っていたヒカルなわけで。
でも、だから、余計に。
気になるんだ。いちいち、大人になっていく、過程。
わたしがいつまでも大事に持ち続けていた思い出の中のヒカルとは、びっくりするくらい違う、大人の顔。
とにかく碁をはじめてからのヒカルは、信じられないくらいのスピードでわたしを置いて進んでいってしまった。
碁打ちとしてどんどん成長していくのに比例して、わたしが今まで一度だってそばで見たことのない表情をたくさん見つけ出している。
もちろんわたしだって胸張って、ヒカルの知らないわたしを見せてやりたい。
だけどあまりにヒカルは遠くまぶしいところに行ってしまって、わたしのそれなんて比べるにはなんだか忍びないような、そんな微々たる物で。
時々それが無性に悔しくて、さびしい。
ふたりの時計の針のスピードは、いつからこんなにもずれてしまったのだろう。
だけどそれでも重なり合う時があって、そういうときにヒカルはわたしを振り返ってくれる。
「ほらあかり、帰ろうぜ」
そんな、まるでわたしがついてくるのが当たり前のように言ってくれるけど。
もしわたしがNOと言ったらどんな反応を返してくれるだろう?
まぁだけど当分の間は、きっとたぶんそんな心配もいらない。
(20090304up/進藤藤崎)
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