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「おー、保健室登校の女だ!よー、奈瀬!」
「…」
いつもと変わらぬテンションの和谷を一瞥し、奈瀬は黙って席についた。
あまりにその様子が異様で、思わずそばでそれを見ていた飯島もいぶかしげな表情を浮かべる。
「…なによ」
「…いや(なんかこわい…)」
「んだよ奈瀬、あの日か(w」
やたら楽しそうな和谷へのつっこみはせず(てゆかそもそもいきなりあの日かはサイテージョーク)(そしておっさんギャグ!)、かばんの中身をせっせと机の中にぼんぼんと投げ込んだ。
ああ、それにしても妙な気分だ。
「そういえば保健室、今ごろ盛況だろーなぁ」
保健室、と聞いてどきっとした。
「盛況?どういうこと?」
「や、朝会んときすごかったぜー、女どもの黄色い声」
「…」
「お前そういう意味じゃ相当オイシイな、一番乗りで独り占めだぞ」
いや、わかるけど想像できるけど。
起こされてもう一度じいと見たその顔はやっぱりきれいだったし。
そもそも高校の保険医がこんなに若くていい男でいいのだろうかってことを、教育委員会に問い詰めたい。
不祥事があってもこれはこれで絶対仕方がない。はず!
正直おもしろくないと思っている自分がやっぱり許せない。
薄っぺらな毛布の体温にうかつにもドキドキしてしまった自分が。
頭を撫でられたときの、あたたかな手にドキドキしてしまった自分が。
「実際どうなの、そんないい男なわけ?」
「あんたみたいなジャリとは比べるほうが失礼って話よ」
「んだよテメー!」
「落ち着けよ和谷、一応奈瀬も弱ってんだし」
「俺はむしろお前の口に衰弱してもらいたい!」
「…いー男だったわよ。ほんっとに。あー、むかつく!」
奈瀬のことばに何が秘められているかなんて、もちろんふたりが知る由もなかった。
翌日の二時間目終了後、薬をもらおうとやってきた保健室を見て奈瀬はあっけにとられた。
(…これは…何のアトラクション待ちなのかしら?)
いやいや、一体何をやったのか傷だらけの男子生徒とか、今まで奈瀬が見てきた保健室の映像はあくまでもそれ。
しかしなんだこれは…、明らかに元気いっぱいです☆といった様子の、甲高い笑い声。ベッドや診療台のあるおかげで、あまり広々しているともいえないスペースに群がるのは、ひらひらと短いスカートが揺れる15人ほどの女子生徒。
(ちょっとー…、こっちはほんとに逼迫してるんですけどー…)
2日目はさらに重い。だんだんと冷えた腰にもにぶい痛みが伝わってくる。
なかなか入りづらそうな保健室の廊下で、そのままうずくまった。
ほんとの病人がこんなに大量に、都合よく10分間の休み時間に来るかよ…。
あー、頭痛までする。本気で、しんどい…。
「ほぅら、ほんとの病人が中に入れなくて困ってるじゃないの。さー、仮病は帰った帰った!」
心地いい低温にはっと顔をあげる。
にっこり笑って差し出してきた手を、奈瀬はためらいもなく握った。
「(待ってたよ奈瀬ちゃんー、)」
「(なにそれどういうこと?)」
「さー、とにかく中へ入ろうか」
奈瀬の手をとり立ち上がらせると、冴木は女生徒をかきわけ保健室の中へ入って行った。
その間も、しっかり握った手。
もちろん深い意味はない。生理痛に悩む生徒を助けただけの話。
「なにせんせー、あたしだってお腹痛いのに」
「ハイハイ、腹巻でもして冷やさないようにしてなさーい」
「なにそれー、」
「この子は市河せんせーから預かった子なので、君らの相手はしてられませーん。さぁ帰った帰った!」
「…それもそれで問題発言だと思うんだけど」
「ハイ、病人はおだまんなさい。ほら、休み時間終わるから!じゃーねー」
ぶつぶつ言いながらもとりあえず群がっていた生徒全員を保健室から追い出しぴしゃりとドアを閉めると、かなり大げさなためいきを、ひとつ。
「もてもてですね」(棒読み)
「はー、まいったよ…。俺がいい男だからしょうがないんだけどさ、これじゃあむしろ俺が校長あたりに怒られる…」
「…そういう、節々にいい男だとか言うの、」
「うん?」
「…ベッド貸してください」
一気に痛みを思い出し、つらくなった。
とりあえず体の向きをベッドの方向に向けたものの、足取りもままならない奈瀬の背中を、冴木が支えながらエスコートした。
布団に入ると、なつかしの晴美ちゃんの思い出。あたたかなふとん。
「…あったかい」
「でっしょ、奈瀬ちゃん来ると思って俺寝ておいたの」
「!!!」
「なーんてね、ほんとは電気行火ですけど」
なーんだ、と声に出してしまいそうなのを必死に押し込めた。
やばいやばい。いくらこの人でもそんなことさすがにするわけがない。当たり前の話。
「それじゃあ、おやすみー」
「あ、の」
「うん?まだ寒い?」
「…あの、お腹痛いんですよ」
「あ、そっか、薬飲んでなかったね、ちょっと待ってて」
あ、いやそうなんだけどそうじゃなくって!
てきぱき手際よく薬を用意してマグカップと一緒に持ってきた冴木からそれらを受け取り、とりあえず薬を飲むと、なんだかカップに残った白湯が気になった。
「…昨日の白湯も、別に飲みかけじゃなかった…?」
「うん?」
「だってただ白湯飲むなんて、…それともせんせいが下痢してるんなら別ですが」
「…あのね」
「せんせ、」
少し湯の残ったカップを手渡すと、代わりに白衣のすそをつまんだ。
こんなべたべたな自分ははじめてだ。考えるよりもまず行動、の自分に戸惑いながらも、流れに任せて口を動かした。
「おなか痛いんです」
「、そうだね」
「眠れないんです」
「うん?」
「…またもしもコーヒー飲んで雑誌読むんなら…」
言いかけて、じっとこちらを見つめてくる顔を見ていられなくなった。
あー、くそ。なんで学校の保険医がこんなにいい男なんだろう。
白衣をつまんだ指先から、どんどん恥ずかしさが全身へ広がっていく。耐えられない。一体何をしているのだろう。
「…やっぱりなんでもないぃ…」
すっと白衣から手を引いて、ふとんを頭の上まで引き上げた。
ああもう顔なんて見ていられない。このまま寝てしまおうと。
そう、思っていたのだけれど、冴木の気配はいつまでもいなくならない。
ちらと布団から顔を覗かせると、さっきよりもずっと近くに顔があった。
「わ、」
「だから君はいい男に向かって何を…」
冴木は近くにあった椅子をベッド脇に運んできて、腰を下ろした。
「さーて、じゃあ何から話す?あ、恋の話はナシね、俺ってば数え切れないほど恋してるからねえ」
そんな、そんなにっこり…。
自分は特別だと思い込んでもいいの?ていうか、勘違いされてもそれはおかしくない笑顔だと思うんだけど。
期待してしまうっていうのはこんなにせつないことなんだなぁ。
同時に、期待させてしまうことの罪の重さも、知った。
(20070203up)