進藤と別れて(?)から、3日ほど経ったある日。
物理教室での授業を終え、教室へ戻ろうというときだった。
夕べ見たテレビの話題なんかで盛り上がりながら、友人たちと並んで廊下を歩いていると、久しぶりに見る、顔。
「オイ」
思えば屋上以外で学校で話すことなんて、一度もなかった。
関係上、「おー!」なんてフレンドリーに片手あげて笑顔でアイサツ、みたいなことはしなかったし、と言うよりそもそも廊下ですれ違うことすらなかった。
お互いそこは真面目な性格らしく、垣根を越えてまで迫ってくることはなかったし、それをしてしまうとすべてが狂ってしまうだろうということはなんとなくわかっていたから、普段を深く追求することはなかった。
屋上での関係が続いているうちは。
加賀の目が、今まで見たことがないくらい、こわい。
まっすぐに奈瀬の目を見てくる。まるで目を逸らさせないとでも言いたげな、脅迫の意をこめた、目つき。
「…とにかく来いよ、しなきゃならねぇ話あんだろ」
「…」
となりの友人たちが怪訝そうな顔をしている。そりゃそうだろう、悪名高い不良とまさか自分の友達が、何らかの関係があっただなんて、きっと思いもしなかっただろう。
とりあえず友人には曖昧な笑みを浮かべて、まるでついてくることが当たり前のような態度で、さっさと背を向けた加賀の後を数歩離れて追った。
本当は、そんなキッチリはじまった関係でもないのに。
だからキッチリ話し合って終える関係でもないのに。
でもそれでも。
はっきりと、切ってしまいたかった。
「久しぶりだな」
「…ね」
「最近来ねーじゃん。生理か?」
「ここに来る理由、ないし」
その言葉に加賀がぴくりと反応した。
いやに鋭い目つき。しばらくの付き合いで見慣れたと思ったけれど、やはり何度見ても居心地が悪い。
「なんだよ、進藤とやらが満足させてくれるって?」
「進藤とは別れた」
「へぇ? じゃあ隠すことなく堂々と?」
「違う、でしょ」
「…何が」
「これは、違う」
一文字ひともじをはっきりと、唇を形作りながら。頭の中で、しっかり次の言葉を考えながら。
「本当に嫌いだったらほんとに抵抗したし、こんなとこ来ない」
加賀は黙っている。だけれどそれが何も言い返せないわけでも、奈瀬の意見を聞き入れようとしているわけでもないだろうことは、わかった。
「でもあんたに恋愛はしてないし、たぶんこれからもないって思ったのよ!」
言い切ると、しんとした屋上にいつまでも余韻が残った気がした。
加賀は相変わらず黙っている。だがしばらくして、向かい合っていた奈瀬の腕を強引に引き寄せてきた。
突然のことに戸惑いバランスを崩すと、そのまま壁際まで追いやられ、手をつかれる。そしていつものようにのびてくる手が、やはり当たり前のように奈瀬のブラウスのボタンにかかった。
「や、だ」
「…俺の意見は聞く耳持たずか?」
聞くも何も、と口の中でつぶやいた。力づくでどうにかしようとしているだけではないのか。
しかしそういうより先に、加賀の顔がいちだんと迫ってきた。
「やることだけやっといて今更恋愛なんて綺麗ごと持ち出してどうすんのよ、なぁ。明日美っちゃん」
返す言葉も無い、と言うのが正直なところだった。
今更、か。さっきからずっと加賀の目を見れないでいる。伏せたままちらちらと盗み見ようともしているが、そのたびに例の鋭すぎるまなざしに怖気づく。人の目を見て話せないなんてそんな後ろめたいことは、今まではきっと一度だってなかったけれど。
このままいつものように流されてしまうのは簡単だった。
しかし今日の決意は固かった。
「もう、来ない」
「そーかよ」
さきほどまで強く握りしめられていた加賀の手から、今度は簡単に抜け出すことが出来た。
もっと強く糾弾されてしまえばいっそすがすがしくケンカでもできたかもしれない。そこで言い負かす自信も無かったが。
「…ごめん」
去り際に、自然と口をついて出た。
決して振り返ったりはしなかったけれど。
(…だからなんでそこで謝んだよ!)
行き場の無い怒りは、右足からコンクリートの地面に放たれた。けれどむしゃくしゃが表に抜け出て行くことはなく、静かに鈍く足が痛むだけだった。
(20051016)