※はっきりと描写はありませんが、大人な様子が漂っています





 ある日屋上へ行くと、進藤はいなかった。
 かわりにこんな開けた場所で、なぜか漂うヤニ臭さ。



「―――あら、先客?」


 髪は赤く、口にはタバコ。頭の下で腕を組んで、柵のそばで寝転がっている。
 これで不良でないと言うなら土下座してやってもいい、と言うくらいの確信を持たせるような風貌のその男は、こちらを横目でちらっと見ただけで、ノーリアクションだった。
 相手はどうだか知らないが、奈瀬はその男のことは良く知っていた。同じ2年の加賀鉄男だ。
 と言うか、たぶんこの学校で知らない人間はいないんじゃないかと思うくらいの、悪い面での有名人。影であんなことしてるとかどうだとかって言う噂は、いつだってどこかしらでされている。

 と、一瞬、少し強い風が吹いて、煙と臭いが流されていく。
 何の気なしにもう一度加賀が奈瀬のほうを見上げると、案の定と言うか、絶景だった。

「ワ、白かよ。清純派気取りか?」
「!! 何よ興味なさそうな顔してこんなときばっかり!」

 はためいていたスカートを慌てておさえつけると、ついでに乱れた髪もなでつけた。

「ねぇ、進藤来てない?」
「進藤? 誰だそいつ」
「誰…、ウーン、彼氏?」
「知・ら・ね・ー」

 奈瀬はそのまま寝転がる加賀のそばに腰を下ろした。
 加賀は加えていたタバコを近くにこすりつけ、奈瀬を見た。
 
「おいおい、俺はお前の彼氏の進藤じゃないぜ」
「知ってるわよ。進藤はそんなガラ悪くないもの」
「(んだとこのアマ…、)それで?」
「進藤はいなくても教室には戻りたくない気分」
「へぇ」
「どうせヒマでしょ、パンツ見たんだからその分くらいは付き合いなさいよ」
「…おまえ、誰にモノを」

 もちろん奈瀬は加賀と初対面だったが、とくに噂されるほどめんどくさい人間ではなさそうだな、と思った。確かにとっつきにくいし目つきも悪いからあまり進んでお友達になろうとは思わないが、適度に話をするにはむしろおもしろいのかもしれない。

「ねえ、なんでそんな目つき悪いのよ」
「ていうかオマエはどこの誰だよ」
 会話のきっかけがそれかよと呆れながら、改めてその目つきの悪い目を見せ付けてやるが、奈瀬に動じた様子はまったく見られなかった。
「ちょっと、この学校にいてこの美少女を知らないわけ?もうちょっと世間に癒着しなさいよ」
「(…めんどくせー)」
「あたしはあんたのことはよく知ってるけど」
「まーな。日本一のいい男だからな」
「…」
「なんだよ!オマエたった今同じこと言ってたんだぞ」
「(まぁ、顔は悪くないけど)」
「なんだよ」
「うん?確かに顔は悪くないのに損してるなぁと思っただけ」

 奈瀬は歯を出してにいと笑うと、加賀の手元にあるタバコの箱を手に取る。

「なに、吸うのか?」
「ううんー、別に好きでもないし。あたしお子様だから良さがわかんない」
「…嫌味かよ」
「それに、相手が吸わない人だと、キスしたとき嫌がられること多いし」 

 のろけかよ、と言いた気な口調で「そうかよ」とだけつぶやいた。
 それに気付いたからかどうかは知らないが、じいと顔を覗きこまれた。近い。

「覚えておいて、あたしは、奈瀬明日美」



(なせ、あすみ)

 別に聞いたことのない名前だった。

 ほんとうに世間が放っておかないくらいの美少女さんならば、癒着なんかしなくたってとっくに情報は入ってくるはずで。もちろんあれが冗談だと言うことはわかっていたが。

 とは言え、実際見た目はそう悪くはなかった。
 さすがに信じ込ませるほどの、とは言わなくても、一瞬くらいはそうかも、と誤魔化せる程度には、いいほう、だと思った。
 まぁそれも、疎外されるのが常な自分に、ここまですり寄ってく(れ)る相手を、若干の美化を含めて見てしまっている、ような。そんなオマケを付け足した採点なのかもしれないが。

 ちらと横に座る奈瀬明日美を盗み見ると、付き合ってよなんて言ったわりには加賀のほうを見向きもせず、ただぼんやりと空を見上げていた。


「ところで、進藤とやらは来ねえのかよ」
「うーん、どうかな、別に約束してるわけじゃないし」

 奈瀬の言葉に、加賀は呆れたような素振りで。

「なんだよ、こんな絶好の場所ですることもしねーの?」
「…どういうことよ」

 視線がかち合う。
 ゆっくり起き上がった加賀を見て、奈瀬はなんとなくこれから起こりうることの予想ができた。

 たぶん、視線さえ逸らせばそれで済むのだろうけど。


 加賀の唇が簡単に重ねられる。なぜだか抵抗することが出来ずに、奈瀬もすんなり受け入れてしまった。
 そのまま首筋にキスを落とし、ブラウスのボタンに手をかけられそうになったところで、奈瀬はようやく加賀の胸に手をついた。

「…や、めて」

 やっとのことで出た蚊のなくような声で、加賀の動きは止まった。


「なんだよ、お前もスモーカー相手だと嫌がるクチか」

 奈瀬は加賀の腕から急いで抜け出すと、立ち上がって制服についた砂をはたいた。
 心臓の音がとてもはやい。

「進藤ってヤツが吸わないからか?」
「…そういうことじゃ、ない」

 何の効果もないのはわかっていたが、手の甲で何度も唇を擦った。
 罪悪感?いまいち自分でもよくわからない気持ちだったが、とにかくここにいるのはいけないと思い、階段に続くドアに向かって歩き出した。


「進藤とかいうのがいないときはコッチ来いよ。相手してやるから」



 背中に向かって言い放たれた言葉には、きっといつもだったらカッコイイ啖呵きったりして立ち去るのだろうけど、そのときの奈瀬にはなぜだかそれが出来なかった。


(040822)