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「あのー…、ごめんな、奈瀬。
俺はおまえのことそういう…」
「あ、うん。もういい、いい。最後まで言わなくて、いい」
「…うん」
「えーと…、うん、それじゃあ、ね?」
一度も顔を上げることができなかった。
とにかく早く逃げ出したかった。もしかしたらすべてを言い終わる前に回れ右をしていたかもしれない。
とにかく一刻も早くひとりになりたかった。
ひとりで、泣きたかった。
「おい奈瀬、おまえ伊角さんにふられたんだってな」
あたしにはプライバシーはないのかと問いたくなる。
顔見るなり、おはようの前にこれってなくない?
ふられたろ、って、決して挨拶代わりに言う言葉じゃないでしょーがと。
…一応勇気振り絞った結果なんだけど。
「え、そうなのか?」
そうなのかじゃねー…。てゆうか人のプライベートに集まってきてんじゃねー。和谷、ボリューム大きすぎ。
ああー、なんなのなんなの。あたしの休まるところはどこに。
「伊角さんから昨日電話あってさ。なんだと思ったら奈瀬のこと傷つけたんじゃないかなぁと思って心配だから、様子見てくれって言うもんだから」
「ほー」
「…うるさいわね、」
伊角くん…、
あなたのそういうところがあたしは嫌いよ。
もー忘れてください放っておいてください!!
あのねあのね、あなたのそういう中途半端な優しさって言うのが、さらにあたしをグザグザ傷つけていくわけなのよ。そこらへん気づいてほしいんだけどなぁ!
突き放す優しさを覚えることって結構大事だと思いますよ?ねえ、ねえー!!!
「でもまー別に元気そーだな」
「もー、なんなのよあんたらは!そんなに殴られたいの!?」
「キャア!!奈瀬さんに殺られる!」
こういう、っていうか。コレを説明に使うのもなんだけども、とにかくこういう逃げ出したいとき。
あたしには決まって行く場所がある。
「おーっす」
「あ、聞いたよ。ふられたんだって?」
「…ほんっとあのバカの口の軽さにはもはや脱帽するわよ」
あとで殴ってやる、と思い、ぼんやり進藤を見ると、さして興味もなさそうでほっとした。
あー、まったくここは居心地がいい。
何か人の興味から逃げ出したいとき・とにかくひとりになりたいときは、決まって休み時間のたびに屋上へ逃げ込んでくるのが習慣だった。たいていは進藤がいて、適当な相槌をうちながら話を聞いてくれた。
奈瀬にとってそれはとてもありがたいもので。
「まー、ドンマイ」
「おう! 初恋は実らないってゆーしね!」
「初恋なの!?」
進藤のリアクションが予想外に大きかったので、奈瀬は思わず人差し指を唇に当てた。
幸い、近くに知っている顔はいないようだ。
「てゆうか、ね、ほら。あたし伊角くんとはよーちえんのころから一緒なの。ついでに和谷も」
「…なに?ここまで追っかけてきたのか?」
「結果そんな感じになっちゃったけど、でもそれでもあたしもこれまで好きな人できて付き合ったりもしたし、…そんときは忘れてたこともあったよ、もちろん」
なんだか思い出したくもないような淡い恋の思い出ばかりが頭に浮かんできてうざったい。
「まー、でも、やっぱりふとしたとき思うと、やっぱり浮かぶんだよねぇ、伊角くんのこと」
進藤はただ黙って奈瀬のほうをじいと見ていた。
冷やかすわけでもなくうまい相槌を打つわけでもなく。ただ、黙って。
「今まではそれでも勝手に好きだったんだけど、もー、だめなんだよねぇ…。はっきり言われちゃったんだもんなー…」
しゃべっているうちに、じんわりと涙が浮かんできた。
最初は上を向いたりしてごまかしていたのだが、だんだんそれでは対処しきれないくらいの量になって。
「…やっば、なんか泣けてきた…」
進藤が奈瀬の涙を見るのは勿論初めてだったし、と言うかそもそもこんな弱気な奈瀬の姿は、普段のやたら偉そうな態度からはまったくと言っていいほど想像のできない姿で。
とは言え肩を震わせながら鼻をすする奈瀬を見ているうちに、進藤の手は自然と奈瀬の肩にのび、抱きしめてやっていた。
奈瀬のスイッチはついにとうとうそれで押し切られてしまったようで、こらえていたものが一気にはじけて、奈瀬は進藤の胸を借りて一気に泣き出した。
奈瀬、って。
奈瀬ってこんなだったっけか?
なんだか進藤もたまらなくなって、背中に手を回してきつく抱きしめた。
「…奈瀬」
返事はないが、ちゃんと聞こえていることはなんとなくわかった。
「あのさー…、こんなときに言うのもどうかとは思うんだけど」
ことばの間に聞こえる鼻をすする音は、さっきよりは少し落ち着いてきたように思う。
「俺オマエのこと好きかもしんねえ」
胸にうずめていた顔をそっと上げたときの奈瀬の表情は、なんとなくイエスの答えを含んでいる気がした。
少なくとも、そのあとのキスは拒まれることはなかったから、きっと、悪い返事ではないなと思った。
(03/12/29up)