「おーいーしーそーうー…」
ああ好きよね女の子ってそう言うの。
まったくこっちは見てるだけで胸やけしそうだ…。
何が甘さ控えめだ。今じゃちまたでスイーツなんて呼ばれ方もしてるくらいだ、甘くないデザートがあるものかと口には出さないがさっきからずっとテレビ画面に文句を言い続けている。
しかし自分が一切の興味も惹かれないそのテレビ画面に、良い子は離れてテレビを見てねとお叱りも受けそうなほどの近距離でじいっと見入っているのが可愛い年下の彼女。
「ねぇ」
うわぁ。
どうしようケーキバイキング連れてってなんて言われたら。
「一個3000円のマンゴーだってよー、どんな味するんだろうねぇ」
マンゴー、に思わずほっとした。
正直、ケーキバイキングに連れて行けと言われるくらいなら3000円のマンゴーでなだめる方法をとるぞ、俺は。
「さぁー、そりゃたいそう美味しいんだろうねぇ」
「…なによそのつまんない返事」
「え」
「別にケーキバイキング連れてってくれなんて言わないわよ」
明らかに不機嫌そうな声のトーンだった。振り返りざまに見た顔はかなりの仏頂面で。
て言うかなんだ、心でも読めちゃうのか君は。
ランキング形式で人気デザートを紹介している夏の特番。
こんなん見るより裏番組の心霊写真特集見るほうが楽しいのになぁとぼんやり思う。
ていうか、こわいもの見たさで見てやっぱり後悔して、ひとりでトイレ入るのにさええんえん時間かけちゃうあの子の反応がおもしろいのだけど。
…無意識に俺の服とかつまんでるのとか?けっこうそういうの好きなんですけど。ベタに。
「ケーキバイキング連れてってくれる甘いもの好きな彼氏欲しいなぁ」
おっと。
雲行きが怪しい。
「友達がね、最近彼氏できたんだって嬉しそうに話してたんだ」
「へぇ?」
ここで慌てたらこっちの負けだ。
少しの動揺をなだめ限りなくいつも通りを演じる。
そうでもなきゃ、ただでさえ最近崩れつつある俺の主導権がかなり、あやふやなものになってしまう。
「食べ物の好みがすごい合うんだって!これすごい大事だと思わない?」
「、そうだね」
「しかもねー、聞いてー! パティシエ目指して頑張ってるんだって! やぁんもう言うことないぃー、」
おいおーい、君の目の前には君の目指す道の大先輩が、しかもとびきりのいい男がいるかなと思うんですけどー。ですけどー。
最初はなぁ、頑張って頑張って頑張ってる君の必死さがしんどいくらい伝わってきて、ああうれしいなぁと思ってたけど、慣れというのは、なんだか。
もちろんこういうのってすごい楽しいけど、ときどき冗談だか本気なんだかわかんないくらいの会話をされるとひどく動揺してしまっている、自分。
それほど入れ込んでるのかなぁと思うと、なんていうか。
俺ってかわいいとこあるじゃんとか。なんとなく思ってしまうこれってかなりの自画自賛?
「リアクションは?」
久しぶりにテレビの甘ったるそうなデザートから目を離してくれた。
「応えあぐねています」
「ふぅーん」
「なによ」
「俺なんていい男がありながら、とか言うセリフが出てこなくなっただけ冴木さんも成長したねぇ」
「うわぁ、」
続きを言えなかったのは明らかな敗北。
成長したなぁだなんて、よくも言えたもんだと。
よっぽど成長したのは君のほうだよと、付き合い始めた頃を思い返すと笑いがこみ上げてくる。
「おいしいコーヒーの出るケーキバイキング、探す気はある?」
「うん?」
「コーヒーだけで元取れるようなら、連れてってあげようかって話」
ぱっと、振り返って、みるみる笑顔になっていく。
と、すぐにニヤついて、俺はなんだかいやな予感を感じ取る。
「あのな、別にな、ケーキバイキングに連れてってもらえる彼氏がすぐにできるならこの話はなかったことにして、」
「情報集めてみるね。だいじょぶ。そういうの好きな子いるから、すぐ見つかる」
「あのねぇ、だから」
「冴木さんと一緒に行けるのうれしいなぁ」
だから。
なんでこう絶妙なタイミングでそういうやたら可愛い言葉を。
なんで言い訳がましいこと言ってしまったんだろう。
いつまでも大人な態度でいられないほど、君は予想外にどんどんどんどん俺の扱いがうまくなってしまうから。
いつまでも目で終える範囲、できればしかも手の届く範囲に置いておきたいと思ってしまうのは。
「かわいい」
と言われてしまう所以なのかもしれない。
(2003/08/18)