「―――あれ、冴木さん」

 対局を終え、家に連絡しようと部屋を出ると、そこで鉢合わせたのは意外な人物だった。

「奈瀬ちゃん」
「久しぶり!今日はどうしたの?」

 エレベーターからおりてくる冴木を、待ちきれない、と言った様子で奈瀬が駆け寄る。冴木がまだ院生だった頃は、奈瀬は年下の女の子と言うことでよく可愛がってもらったものだ。冴木がプロ入りした今、毎週のように決まって会うことこそなくなったが、顔を合わせれば今でも仲良くおしゃべり、くらいはする。

「うちの研究会だよ。それよりも…」
「それよりも?」
「いや、聞く前にその顔でわかった。おめでと」
「ありがと!」

 口を大きく開けてニッコリと笑った。嬉しさが全身からにじみ出ているのがよくわかる。
 今日がプロ試験の予選最終日で、奈瀬が参戦しているというのは最近森下門下の研究会にやってきた進藤から聞いていた。進藤のこともだったが、奈瀬のことも気になっていた。
 嬉しそうな奈瀬の様子に冴木も嬉しくなって、頭をぽんぽんとなでてやる。子供じゃないんだから、と奈瀬はむくれたが、そのしぐさがより子供っぽさに拍車をかけていることに本人は気付いていない。

「危なかったんだけどね、でもよかった」
「ああ、受かれば後はみんなと同じ。プロを目指すことに変わりはない」

 少し引き締まった表情で言われたその言葉をしっかりと受け止めて頷くと、だけれど次の瞬間にはまた口元が吊り上がる。

「早くプロになって、あっという間に冴木さん負かしてやるんだから」
「言うねぇ」

 コイツ、と指で額をはじいてやると、いたずらっぽく笑い返された。

「じゃあ、あたしそろそろ」
「お母さんには報告した?」
「これから報告!」

 そう言って携帯を持った右手を軽く上げた。軽やかな足取りがなんだか頼もしい、と冴木はまるで兄貴分のような心持だった。




(20051107)
なんかここまでくると、カップリング臭のないものを書くのが恥ずかしいんですけど。