最近メディアでの露出が増えだしたのは、テレビでの囲碁解説の仕事ぶりをたまたま見かけたどこぞのテレビ関係者に目をつけられたからだと、噂によるとそういうことらしい。
それとほとんど同時期くらいから、とりあえず冴木の周囲から、奈瀬との暮らしを言いふらす、でもないけれど、浸透させるべく努力をしていることなど、この呑気な恋人は知りもしないのだ。

4歳の歳の差を意識していたのは、学生だったころまでの話。お互い社会に出て働きはじめれば、そう大きなポイントではなくなった。



「ただいまぁ」

 チャイムも鳴らさず自分で鍵を開け、のんきな声で帰ってきた。
 遅くなるのは連絡があったから知ってはいたのだが。現在23時半。

「おかえり。言ってくれれば迎えに行ったのに」
「えー、いいよ疲れてるのに。こっちは遊んだ帰りでそれじゃなんか悪いし」

 まぁ状況しだいじゃわからないけれど。
 少なくとも今の、適当に用意した夕飯と、350缶のビールを空けているひとりの男としては、むしろ来てくれと言われたほうが嬉しかったのだ。

 今日はどうやら打ち合わせを兼ねた食事会だったそうで。
 その、例の、メディア関係の。


 別にタレントのような仕事をしているわけじゃない。あくまで彼女は棋士であり、ただときたま、囲碁界にいるかわいい子みたいな扱いを受けて、ちょっとした碁のPRじゃないけれど。それで棋士人口が増えればなんて思惑もあったりもするのだとかいう話で。
 いかんせんなじみ深くは無い世界だけに、おもしろがって取り沙汰されているだけなのだ。本当に、ときどき。

 それは本人も自覚していて、広告塔だから〜なんて自虐的にぼやいたりもしているけど、いやいやしかし。
 男と言うのはときにおそろしく女々しい生き物なのだ。


 あーくたくたと言いながら荷物を下ろして、スーツの上着を脱ぐ彼女を横目に、ビールの最後のひとくちを流し込む。
 女子のスーツ姿は結構好きだ。それもリクルートスーツだとなおいい。
 でも絶対に家の中でなきゃ見られないちょっとくたびれたスウェット姿も嫌いじゃない。

「冴木さんこんな時間にごはんとビールはまずいよ」
「おなかすいてんだよー、いいだろー」
「あーあ、そうやって今はやりのメタボになっちゃってもカッコイイとは言ってあげないからね!」

 そういって最後に白い皿にひとつ残っていただだちゃ豆が奪われた。お互い!
 奈瀬の長袖の白いシャツが腕まくりされていたのを見て、ふと、そういえば今日はきちんと湯船に湯を張ったことを思い出す。

「お風呂入る?」
「ん? んー。明日バタバタするのやだから入っちゃおうかな。早いし」
「一緒に入る?」

 …、と何か確かめるような視線で見つめてきたのは、明日も朝早いと言ったことを自分が理解しているのかと言う確認のためだろう、たぶん。
 別に、そういう、ことではなくて。

 なんていうか、自分の影の努力と言うか、必死さのようなものはきっと伝わってないんだろうなぁと思うと、ちょっと悲しくなって、結局スウェットを持ってひとり風呂場に向かう奈瀬の鼻歌を聴きつつ、食器を洗った。
 別に大人とか子供とか、関係ないんだと悟ったaround30の初秋。
(2008.10.04の勢い)