目の前にある誘惑。
 理性に負けて手を伸ばせばその場でアウト、なんとか平静を保ち続けていられたらセーフ。

 しかしだ。
 果たして、その誘惑が釣りの道具としてではなく、「好きにしていい」と言われて手を伸ばさないような奴がいるのなら…。
 そいつはある意味アウトだろう。いや、アウトのはずだ。
 というか、アウトでなきゃ困る。
 なぜなら俺は、アッサリその誘惑に負けて、真っ先にそれに手を伸ばしてしまったのだから。




「おーはーよーう」
 入れたてのコーヒーをわざと顔に近づけて湯気を浴びせる。
 どうせすぐに起きやしないとわかっているから、無駄に熱く湯を沸かした。
「おぉい、起きる気ないの? 俺今日10時にデートだからそれまでに仕度してくんないと送ってってあげないよ?」
「…デートですと」
「お、起きた?」
「可愛いかわいい女子高生の休日には付き合えなくても、大人の色香漂う女の休日には10時から付き合えるんだ?」
「うーん、大人の色香は漂ってるけど残念ながら森下師匠なんだよねぇ」
「…その色香には興味なし」
「えー、困るよー、俺ほんとに行っちゃうよ?」
「どうせ明日も休みだからいーいー」
「…もしかして腰痛ひどいの?」
「…」
「あーああ、若者のクセに」
「(誰のせいよ…!!)」
 1度キッチンに戻り、もうひとつ熱いコーヒーの入ったカップを用意すると、それをまだ寝転がっていた奈瀬の近くに置いた。
「こぼすなよ」
「あー…、くっそ、若さがウリのはずなのに…いてててて」
「制服そっちね」
「あーい」


 こんなことを言うととても誤解を招きそうだが。
 正直、最近中学校や高校で相次いで起きている教師の不祥事には、同情の余地があるとほんの少しだけ思ってしまう。
 いやいや、もちろんよろしいことではないことくらい重々承知しておりますが。
 しかしだ。
 自分の目の前で、あの短いスカートを穿いた可愛らしい女子高生が椅子に腰掛けたとする。
 …正直、手を出さないという自信がない。
 いや自分のために弁解しておくと、今回の場合は、目の前で短いスカートを穿いた女子高生が椅子に腰掛け、少し涙目の上目遣いでじぃとこちらを見つめてきて、耳を済ませてなければ聞こえないような小さな声で「好き」だとか言ってきたんだ。
 手を出すなと?
 むしろ、逆にここまで来ると何もしないほうがアヤしいというか…。

 もぞもぞと布団から抜け出し、適温になったコーヒーを一口啜ると、近くに置かれていた制服に手を伸ばす。
 何の気なしにそれをぼんやり見つめていたが、ふとスカートを穿く奈瀬を見てぽつりつぶやく。
「ねぇそれスカート短すぎじゃないの」
「なんでよ、かわいいじゃん」
「(そうだけどさ)俺がいい例だよ、ヘンな男がいっぱい釣れちゃう」
「やったぁ、コレで冴木さん釣れたんだ?」
「…」
「あぁ、だけどそれじゃあ、あたしが女子高生ってカテゴリーじゃなくなったときに引き止めるものが何もなくなるのが不安」
「あのさー…、仮にもさ、わりと順調に恋人どーしみたいなことしてんだからさ、イキナリそう不安とか言うのやめよーよ」
「悪いけどね、冴木さんみたいにフラフラ浮ついた人だと不安が絶えないのよ!あぁ、可哀相な明日美ちゃん、こんな可愛くて若いうちから男に苦労するなんて…」
「(…やっぱもう一晩ここに監禁するか…)」
「ふっふ、お泊りは一泊までよん」
「(クッソ!)」

 紺のハイソックスまで履いたところで、コーヒーをすべて飲み干した。
「あ、お腹すいた? つってもこの部屋なんもないけどさ」
「朝マーック!」
「…俺女の子が早起きして朝食の準備…とかわりと古風なこと憧れちゃうんですが」
「今ハッピーセットでプーさんついてくんの♪」
「…ハッピーセットって頼むの? 俺が?」
「(ニッコリ)」
「(あぁこうしてどんどんどつぼにはまってゆく…)」




(2003/06/23 up)

ねー。
あんな短いスカート前にして理性保てってほうが無茶ですよねー。