「今度の土曜日ヒマ?」
「ううん」
「日曜は?」
「ううん」
 ベッドの上でゴロゴロしながら待っていても、来てくれるどころか振り向きもしてくれない。
「…明日美っちゃん、俺と碁、どっちがだ
「碁」
 間髪いれずに返って来たその答えはあまりにも予想通りで…。
 わざわざ人の家にまでマグネット碁盤を持ち込んで、その家の主を無視してまで真剣に棋譜並べをせんでも。
 加賀は呆れため息をつくと、起き上がり奈瀬の背後に回る。
「…明日美ちゃぁん」
 腕をまわそうとするも、体に触れる前に叩き落とされた。
「明日ちょっとした手合いがあるの」
「なんだよー、そんな日に来るなよもー」
「なによ、それでも来いつったのあんたじゃないの。一局打ってやるって言ってたでしょ」
「(…そういう意味じゃなかったんだが)」
 なんとかスキをついて背中から腕をまわして、奈瀬の体を引き寄せた。
 せめて何するのよとか、迷惑そうな反応でもいいからなにかしらのリアクションをしてくれたら救われるのだが、まったくの無視。
「チチ揉むぞ」
「いやんセクハラ(棒読み)」
「…さみしー」
「ねぇ、これ先週の対局なんだけどさ、検討してくんない?」
「それよりまずベッドの上で一局打たねぇ? ワハハ」
「…それさぁ、こないだ某プロに言われた。女流棋士がのし上がるためにはねぇ、そういうサービスも覚えなきゃいけないんだよって」
「俺エロおやじと同レベル…ていうかなんだよそれ! おまえ、俺という男がありながら!」
「いつまでもあんただけの明日美ちゃんだと思うなよ」
「!!!(冗談に聞こえないからまた…)」
 胸のふくらみには簡単に触れられる。
 いっそほんとにやってしまおうかとも思う。
 しかしいつも強気なわりに、こういうことになるとどうしても意気地がないというか、相手のことを考えてしまう。
「あぁ俺が真性だったらなぁ」
「なんですって?」
「中途半端に優しい自分が憎い」
「あぁあー、やっぱここ悪手だったのよね、くっそ、何度見てもなんでこんなとこ打とうと思ったのかわからない…」
 肩越しに盤面を見る。黒が奈瀬、だろうか?
 しかしそうは言ってもやはりプロなんだと思う。最初に会った頃の、息込みばかりが伝わってくる攻める一方だった戦法ではなく、ところどころ引いて、相手の様子を伺いつつの攻め方。
 まるで今の奈瀬のようだと、ぼんやり思う。
「ねぇ、ほんとに検討してくんない?」
「いーやーだーよー。もう俺なんか口出しできんわ」
「なんでよー、昔はよく見てくれたじゃん」
「あのなー、なんで素人がプロに教えにゃならんの、」

 加賀に言われて、ああそうかとそこで気付いた。
「なんとなーく、ね、あんたはいつまでもあたしの上にいるイメージが」
「ベッドの上ではいつもそうだけどな」
「うるせえ」
 奈瀬の繰り出した肘打ちをすんでで交わして、かわりに体重をかけて奈瀬にのしかかった。
「重っ」
「そろそろ俺の相手もしてほしいんですが」
 首筋にキスされそうになるのを制して、なんとか加賀の体の下からすり抜けた。
 ああ重いと、大袈裟なアクションをして、マグネット碁盤を片付け始める。
「なんだよ。もういいのか?」
「だだっ子がね、明日美ちゃん明日美ちゃんってうるさいの。気が散ってちっとも勉強にならない」
「…悪かったな」
「ううん? たまには言うことも聞いてあげないと、子供みたいに拗ねられても困るし」
「どんな認識だよそれ」
 笑う奈瀬の背からまた腕をまわして、そのままベッドまで連れ込んだ。
 いやぁ、と小さな悲鳴が聞こえたが、それが嫌がったものでないことは、唇を重ねにいったときの反応でわかった。
 



(2003/08/03)
(2004/04/07改訂)
奈瀬タソがプロ入りしてからのお話ですた。
メインテーマが見えませんね(ハッ