「わー、冴木さんだ!あけおめ!」



「…エー、」


 奈瀬明日美(17)の元気の良い新年の挨拶には、たっぷりの間を空けた後、最高級の不満の声で返された。



「えーってなにそれ。こんなかわいい女子高生の新年の挨拶が受け取れないっての?」
「うそだよ奈瀬ちゃーん。今日何日だよ…」
「でも今年冴木さんに会うの初めてでしょ?違う?」

 いや確かにそうだけどと冴木は呆れながらため息をついた。
 おいおい明日からもう2月だぞと。
 特にリキ入れて年越しを祝う主義ではないが、それにしたってこんな時期にめでたいなんて気持ちは浮かんでは来ない。

「…それで?」
「うん?」
「なによ、この手は」
「エー、あたし未成年なんだけど!」

「…お、とし、だま?」

 冴木の途切れ途切れの言葉とは正反対に、奈瀬は威勢良くイエース!とニッコリぴかぴかと笑うと、もう一度右手の手のひらを突き出しなおした。


「うっそお」
「だっていとこのおねーちゃん、今年21になるハタチでさえくれたよ?」
「俺はきみのいとこのおねーちゃんじゃないじゃないの」
「素敵な兄弟子じゃないですかぁ」
「(門下じゃねえじゃん)」
 冴木のツッコミは頭の中だけにとどめられた。口を開く前に「ねえ、ねえ」と畳み掛けられてきたのだった。
「うっそー、こんないい男にたかるなんて信じらんない」
「うそうそって冴木さん。冴木さんだってむかぁしもらってたんでしょ」
「あのな!昔ってきみは俺をいくつだと思ってんのよ」

 軽く頭を小突いてやると、悪戯っぽく笑うだけで悪気はまったくない様子である。

「おっ」

 なにか名案でも浮かんだのか、嬉々とした表情で声を上げる。

「なんならちゅうしてあげようかチュウ。お年玉。ちゅうをあげよう」
「え」

 元気に突き出していた右手を思わず引っ込めた。

「…なにそれ、こんないい男のキッスが受け取れないっつうのかい」
「ほんとにいい男がこんなとこで安売りしていいんスか」
「ええー、かわいい女子高生だったら別じゃん。ほれ、ほれほれ」
「ギャー!!せくはらせくはら!!」

 奈瀬の背後から腰のあたりに腕を回して、ぎゅうと抱きとめる。意外にすっぽりと自分の胸の中におさまったことに驚いたが、いやいやとわめきながら首を振り続ける奈瀬の頬に向かって、いたずらに唇を寄せてみたり離してみたりしているときだった。

「…なにしてんスか」
「―――っと、和谷」

 奈瀬は冴木ごと振り返ると和谷を見つけてヘルプコール。

「ちょっと聞いてよ和谷!お年玉せびってたらちゅうしよーとしてくんのこのひと!」
「へえー」
「…」

 妙に冷たい和谷の視線を感じて、冴木は思わず片眉を吊り上げて見せた。 
 この状況を把握できていないのは奈瀬ただひとりのようで。
 冴木の言葉を冗談と信じて疑わず、きゃあきゃあとわめいている。

「まーあきらめろよ、俺にだってくんなかったし、このひと」
「えー、ほんとの弟弟子にもあげてないの?」
「だって俺だってかわいー女の子にしかキスしたくねえもん」

 冴木がさらっと言い流した言葉にムッとしながら、和谷は相変わらず冴木の腕の中で、あははと笑う奈瀬の手首をつかむ。

「ほら、行くぞ。こんなとこいつまでもいたらキスだけじゃ済まされねえ」
「あはは、そうね。今日はかわいいパンツじゃないから見せらんない」
「へぇ、そうなんだー」
「おい奈瀬!」
「じゃーね、冴木さん!かわいーパンツの日にねー」
「おー、じゃーね」

 奈瀬に向けてたっぷりと笑った後、背を向けたふたりに冴木はひどく冷たい目線を浴びせていた。
 一度和谷がちらりと振り返ったが、とくに取り繕うことはせず、そのまま目を合わせてやると、和谷が慌てて前を向きなおした。…そんなにこわい顔してんのか?俺。

 たった今まで腕の中にあったぬくもり。ついさっきまで奈瀬に触れていた右手をぎゅうを握り締めた。






「あー、冴木さんおもしろいねえ」

 エレベーターに乗り込むと、奈瀬が相変わらずの笑顔のままでそう言った。
 ふたりきりの個室は話し声しか響かなかった。

「こんなガキも相手にしてくれるし…、あたしもっとあのひと冷たいひとなんだと思ってた」

「…どうかな」
「え?」

 やけに不機嫌そうな和谷の言葉の続きは発せられることなく、エレベーターは到着し、扉が開く。
 奈瀬に構わずひとりでずんずんと進んで行ってしまう和谷を呆けながら見ていた奈瀬も、慌ててそのあとを追って歩き始める。

「わ、や!」

 名前を呼ぶとやっと立ち止まり、奈瀬を振り返る。
 少しコワイ顔をしている。笑ってばっかりだった奈瀬も思わずどきっとする。

「なんもおもしろくねーよ」
「は?」
「一応さ、…そのー、付き合ってる、じゃんよ、俺たち」
「…まあね」
「ああいうことされんの、ヤなんだけど!」

 ああいうこと、と聞いて、奈瀬は思い当たるふしを頭の中で探し始めた。
 …さっきの冴木とのじゃれあい?

 思いつくと、奈瀬はニッコリ笑って、和谷の頭を撫で回す。

「アハハ、和谷くんかーわーいーいー!」
「うっせ、頭撫でんなバカ!」

 和谷は反抗するも、奈瀬にかなうわけがなく。
 顔が自然と真っ赤になっていくのがわかる。

 しかし和谷の胸中がおだやかでないのは、ただ他の男とじゃれあっていたということにあるのではなく。問題は、その相手。

「…冴木さんとか、ほんと勘弁なんですけど」
 和谷がぽつりとこぼすと、奈瀬は手を離し、驚いたように言った。
「あのねえ、冴木さんみたいなひとが、あたしみたいなガキ相手にするわけないでしょ」
 違う、と言いかけた口の形のまましばらく考えて、ため息を一つついた。
 
「行くぞ。もう時間だ。研修はじまっちまう」
「おう」

 和谷は奈瀬がついてくるのを確認した後、気付かれないようにこっそりともう一度ため息をついた。
 あのひともまんざらじゃないよなんて思っているなんてことは、きっと言わないほうがいいだろうと直感的に思った。




(04/01/29)
あたしいつもネタ用にレンタルしてる日記に書いてるんですけど。
これ、ちょーど書きあがって、よーしやったー!!書けたー、さて寝よう!って勢いで、登録し終わる前にウィンドウ閉じてしまったので、いらっいらしながら2度目書き直しました。
年賀です年賀。こうう手段を使えば正月だってまだ遅くありません。1月31日限定のお話です。